『２冊のSFマガジン』 雫石鉄也さん [ショートショートの紹介！]
今日は雫石鉄也さんの『２冊のSFマガジン』を紹介します。
雫石さんはSFファンの古豪で、数多くの作家とも知己があり、様々なSFイベントについても暗に陽に協力をされて、いまのSF界の発展に縁の下の力持ちとして大きな寄与をされています。
今回の作品は大人の雰囲気を漂わせる佳作で、関西圏のあるバーと舞台に、退場する者とまだ頑張る者とが交差します。
ぼくがズラズラ書くとせっかくの作品を台無しにしてしまいそうです。
じっくりと、落ち着いたムードをお楽しみください。
【雫石鉄也さんのブログ】
とつぜんブログ
http://blog.goo.ne.jp/totuzen703
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『２冊のSFマガジン』 雫石 鉄也
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「鏑木さん」
「はい」
「おれ、店をたたもうと思うんだ」
結城はオールドの水割りを傾けながらいった。
「そうですか。何年やりました」
「３０年だ」
バー海神。客は結城１人。マスターの鏑木にとっては、結城のことは他人事ではない。結城の書店も客は少ないが、ここ海神の客も少ない。鏑木もこの店を閉めようと思っている。キープしてあるボトルが全て無くなれば閉店するつもりだ。
Ｈ県Ｓ市。内陸部の中都市。Ｓ駅前商店街。ご多分にもれずシャッター商店街だ。生き残っている店は、鏑木の海神と、結城書店、その他、パラパラと店が点在している。その結城が店をたたむという。この町から書店が消える。
「鏑木さんとも長いつきあいだったが、オレ、引っ越すよ」
「Ｓ市を出るんですか」
「うん、息子が九州にいるんだ。いっしょに住もうといってくれていたけど、店があるんで断ってたんだ。その店も閉めるからな」
「ずっとお１人で店をやってきたんですね」
結城は少し目を伏せた。
「あいつが死んで１３年たったよ。ひとりったって、日に週刊誌と文庫本が数冊売れるだけだよ。おれ１人の食いぶちも稼げない店だよ」
オールドが半分になった。
「今夜はつきあってくれよ鏑木さん」
鏑木はオールドのボトルを傾け、結城のグラスに注いだ。
「では、私も頂きます」
鏑木もグラスにオールドを注いだ。二人はだまってグラスを合わせた。カチッと小さな音がした。カラン、氷がグラスの中で泣いた。
「おれ、ＳＦファンなんだ」
「存じ上げていますよ。長いつきあいですから」
「オヤジが急死して、大阪でサラリーマンやってたおれが、店を引き継いだ時、ＳＦ専門店にしようと思ったんだ。ＳＦファンダムの友だちにもそういってたんだ」
「そうだったんですか。なぜそうしなかったのです」
「ＳＦは売れないんだ。都会の真ん中なら固定客がつくけど、こんなＳ市ではダメだよ」
二人はグラスを空ける。何杯目かのおかわりをする。オールドがだいぶん減ってきた。
「ま、普通の本屋やってもダメだったけどね」
「これからどうするんですか」
「おれも今年還暦だ。のんびりＳＦ読んでくらすよ」
「さみしくなります」
シャッター商店街に、またひとつシャッターが増える。アーケードの下を風が通り過ぎていく。海神のドアがガタッと鳴った。
「ひとつだけ心残りがあるんだ」
「なんです」
「ＳＦはあまり商売にならないから、早川や東京創元社の文庫を少しだけ置いてあった。ＳＦマガジンも１冊だけ仕入れていた」
「そうでしたか。私、ＳＦはあまりなじみが無くて」
「鏑木さんは、時代劇専門だったな。で、そのＳＦマガジン、毎月２５日に、おれと同年輩の人が買っていた。ＳＦファンと思われるが、無口な人で、だまってＳＦマガジンをレジに持ってくるだけだった」
「結城さんの店がなくなったら、その人困るでしょう」
「そうなんだ。おれ、この２０日にも九州に行くんだ」
「で、思い出したんだ、その人、この店で何度か見かけたことがあった。何度も話しかけようと思ったんだが、とっつきにくそうな人だったんで」
「だぶん、あの人でしょう。無口な人ですね。水割りを１杯だけ飲んでお帰りになる。ごくたまに来る人ですね」
「お願いがある。おれ、今度のＳＦマガジンを２冊買う。１冊はおれが読む。もう１冊をここに送るから、その人に、おれの代わりに鏑木さんの手から渡してくれ」
「はい」
鏑木は財布から940円出して結城に渡した。
「これは」
「雑誌代です。私が立て替えます。その人からお金をもらいます」
「いいよ、そんな」
「いけません。結城さんはまだ本屋さんです。書店主としての最後の商売でしょう」
「そうだな。オールドを１本出してくれ」
「まだ少し残ってますよ」
「おれが飲むんじゃない。ＳＦマガジンといっしょに、その人に贈ってくれ。お得意さんへの閉店のあいさつの品だ」
結城のオールドが空になった。海神のキープしてあるボトルがまた１本減った。しかし、１本増えた。まだ海神は閉められない。
（終わり）
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最近、小さな本屋がつぶれる一方です。
お客はそれなりに入っているように見えるのですが、やはり、売れないんでしょうね。
この作品で表現されている寂しさを、日々実感しています。
雫石さんはSFファンの古豪で、数多くの作家とも知己があり、様々なSFイベントについても暗に陽に協力をされて、いまのSF界の発展に縁の下の力持ちとして大きな寄与をされています。
今回の作品は大人の雰囲気を漂わせる佳作で、関西圏のあるバーと舞台に、退場する者とまだ頑張る者とが交差します。
ぼくがズラズラ書くとせっかくの作品を台無しにしてしまいそうです。
じっくりと、落ち着いたムードをお楽しみください。
【雫石鉄也さんのブログ】
とつぜんブログ
http://blog.goo.ne.jp/totuzen703
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『２冊のSFマガジン』 雫石 鉄也
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「鏑木さん」
「はい」
「おれ、店をたたもうと思うんだ」
結城はオールドの水割りを傾けながらいった。
「そうですか。何年やりました」
「３０年だ」
バー海神。客は結城１人。マスターの鏑木にとっては、結城のことは他人事ではない。結城の書店も客は少ないが、ここ海神の客も少ない。鏑木もこの店を閉めようと思っている。キープしてあるボトルが全て無くなれば閉店するつもりだ。
Ｈ県Ｓ市。内陸部の中都市。Ｓ駅前商店街。ご多分にもれずシャッター商店街だ。生き残っている店は、鏑木の海神と、結城書店、その他、パラパラと店が点在している。その結城が店をたたむという。この町から書店が消える。
「鏑木さんとも長いつきあいだったが、オレ、引っ越すよ」
「Ｓ市を出るんですか」
「うん、息子が九州にいるんだ。いっしょに住もうといってくれていたけど、店があるんで断ってたんだ。その店も閉めるからな」
「ずっとお１人で店をやってきたんですね」
結城は少し目を伏せた。
「あいつが死んで１３年たったよ。ひとりったって、日に週刊誌と文庫本が数冊売れるだけだよ。おれ１人の食いぶちも稼げない店だよ」
オールドが半分になった。
「今夜はつきあってくれよ鏑木さん」
鏑木はオールドのボトルを傾け、結城のグラスに注いだ。
「では、私も頂きます」
鏑木もグラスにオールドを注いだ。二人はだまってグラスを合わせた。カチッと小さな音がした。カラン、氷がグラスの中で泣いた。
「おれ、ＳＦファンなんだ」
「存じ上げていますよ。長いつきあいですから」
「オヤジが急死して、大阪でサラリーマンやってたおれが、店を引き継いだ時、ＳＦ専門店にしようと思ったんだ。ＳＦファンダムの友だちにもそういってたんだ」
「そうだったんですか。なぜそうしなかったのです」
「ＳＦは売れないんだ。都会の真ん中なら固定客がつくけど、こんなＳ市ではダメだよ」
二人はグラスを空ける。何杯目かのおかわりをする。オールドがだいぶん減ってきた。
「ま、普通の本屋やってもダメだったけどね」
「これからどうするんですか」
「おれも今年還暦だ。のんびりＳＦ読んでくらすよ」
「さみしくなります」
シャッター商店街に、またひとつシャッターが増える。アーケードの下を風が通り過ぎていく。海神のドアがガタッと鳴った。
「ひとつだけ心残りがあるんだ」
「なんです」
「ＳＦはあまり商売にならないから、早川や東京創元社の文庫を少しだけ置いてあった。ＳＦマガジンも１冊だけ仕入れていた」
「そうでしたか。私、ＳＦはあまりなじみが無くて」
「鏑木さんは、時代劇専門だったな。で、そのＳＦマガジン、毎月２５日に、おれと同年輩の人が買っていた。ＳＦファンと思われるが、無口な人で、だまってＳＦマガジンをレジに持ってくるだけだった」
「結城さんの店がなくなったら、その人困るでしょう」
「そうなんだ。おれ、この２０日にも九州に行くんだ」
「で、思い出したんだ、その人、この店で何度か見かけたことがあった。何度も話しかけようと思ったんだが、とっつきにくそうな人だったんで」
「だぶん、あの人でしょう。無口な人ですね。水割りを１杯だけ飲んでお帰りになる。ごくたまに来る人ですね」
「お願いがある。おれ、今度のＳＦマガジンを２冊買う。１冊はおれが読む。もう１冊をここに送るから、その人に、おれの代わりに鏑木さんの手から渡してくれ」
「はい」
鏑木は財布から940円出して結城に渡した。
「これは」
「雑誌代です。私が立て替えます。その人からお金をもらいます」
「いいよ、そんな」
「いけません。結城さんはまだ本屋さんです。書店主としての最後の商売でしょう」
「そうだな。オールドを１本出してくれ」
「まだ少し残ってますよ」
「おれが飲むんじゃない。ＳＦマガジンといっしょに、その人に贈ってくれ。お得意さんへの閉店のあいさつの品だ」
結城のオールドが空になった。海神のキープしてあるボトルがまた１本減った。しかし、１本増えた。まだ海神は閉められない。
（終わり）
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最近、小さな本屋がつぶれる一方です。
お客はそれなりに入っているように見えるのですが、やはり、売れないんでしょうね。
この作品で表現されている寂しさを、日々実感しています。
サイトー さん
【サイトーマガジン】
オリジナル掌編術を毎月公開。登録者だけのオリジナルコンテンツも！
すみません。
涙なしには読めません。
細々とでも、確実に守り継いでいかねばならないものがあると思います。
by 井上裕之 (2011-02-08 22:31)
ありがとうございます。
町の本屋の存在は貴重ですね。その町の文化のバロメーターではないでしょうか。
小さな町の本屋さんが無くなっていきますが、私が住まいおる、神戸の中心地三宮でも、ジュンク堂寡占状態です。
電子書籍化がどんどん進むと、どうなるか心配です。
by 雫石鉄也 (2011-02-09 04:42)
＞井上裕之さん
＞雫石鉄也さん
海外の本屋を見ると、日本の本屋の質は高いなあと実感させられます。
本屋自体が大切な文化ではないかと、思います。
by サイトー (2011-02-09 21:12)
何度読んでも。。。いいですね。
この作品。。。
こんな時代ですから
ちょっと、せつなくもなりますが
かつて、追い求めた夢が
ちゃんと心の深い所で
息づいているのが感じられます。
人の温かみも滲み出ていて。。。
こういうのいいですよね。
何度も読み返しにきてしまいます。。。
この世界観が、いいなぁ。。。
私もＳＦマガジンファンでした。
大好きな作家さんがここから世に出たと聞いて
昔は、ずっと読んでました。
このところは、サイトーさんの作品が
掲載されている号しか読んでないかも。。。
主婦には、ちょっとお高めなので。。。（汗）
by 春待ち りこ (2011-02-11 15:34)
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