SSブログ

『どこかで聞いたような話』 海野久実 [ショートショートの紹介!]

今日は掌編実力者である海野久実さんの『どこかで聞いたような話』を紹介します。
この作品はあるSF作家に見ていただき、その時に受けた指摘をテレビのニュースキャスターのエピソード以降を書き足したそうです。
その追加部分が効いていて、よりアイディアを効果的に表現できていると思います。

ということで、なにはともあれ、ご覧ください。


【海野さんのブログ】
まりん組・図書係
http://marinegumi.exblog.jp/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


『どこかで聞いたような話』 海野 久実  


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


朝の新聞を広げて、まず4コマ漫画を見るのはただ癖になっているからだ。
最近は似たようなオチばかりで、今日のも少しも面白くない。
いつか見た事のあるよくあるアイデアなのだ。
今度は記事の見出しだけを目で追って行く。
交通事故や火災、強盗殺人など、毎日変わり映えのしない記事ばかりで、とても本文まで目を通す気にはなれない。
政治経済の記事に至っては昨日と同じ事を書いているんじゃないかと思えるほどだ。
ほんの五分ほどで、私は新聞を投げ出した。

今日は休日で、遅くまで寝ていたから間もなく昼だった。
外へ食べに出ようかと思ったが、思い直した。
そこらへんのファミレスで喰わせる物と言えば既製食品の味と言うか、食べる前からどんな味だか解ってしまうのだ。
いや、ファミレスであれ、ちょっと高級なレストランであれ、中華料理店であれ、薄汚れた食堂であれ、どんな所で食べてもそれは変わらない。
見た目通り、想像している通りの味なので、がっかりしてしまうのだ。
冷蔵庫から冷凍食品のピザを出して食べた。
外で食べるのと何の変わりもない。

テレビを点けて見る。
若手の二人組の芸人がコントをやっていた。
少し我慢して聞いていたが、前にどこかの局でやっていたのと同じネタだった。
片方が合い方の頭を殴るこのタイミングが一緒、ギャグも全て同じだった。
何が新作コントだ?
チャンネルをあちこち切り替えてみたが、いつもと同じような内容の変わり映えのしない番組ばかりだ。
新番組と銘打っているドラマも、始まってすぐに前に見た事があるのに気が付いた。
昔のドラマのリメイクなのか?と思いながらテレビのスイッチを切った。
もう当分見る事はないだろうと思って、リモコンでではなく主電源を切ったのだ。
スイッチを切りに立ち上がった時にちょうど電話が鳴った。
友人からだった。
知り合いの医者を紹介してやるからその病院へ午後三時に行けと言う。
少し体がだるいのは慢性的なもので病院へ行くほどの事ではない。
しかし結局承知してしまう。
すでに予約を取っているらしかったし、奴はいつも同じ電話をして来てうるさいのだ。
友人の気休めになればいい、ぐらいの気持ちだった。

三時まではまだ少し時間があったので本棚から一冊の小説を抜き出した。
まだ読んでいない本のはずだが、タイトルからして良くあるタイトルだった。
1ページ目を読み終わって、これは絶対前に読んだ事があると思った。
いやいや、そんなはずはない。
つい最近出たばかりの話題のベストセラーなのだ。
しかしその1ページ目だけで、容易に内容から結末までが想像できた。
2ページ3ページと、読み進めて行けば行くほど思っていた通りの展開になるのだ。
他の本のタイトルにも目をやる。
どれもこれも陳腐なタイトルだった。
タイトルぐらいユニークな物が考えられないのだろうか?
みんな買って来て最初の2~3ページだけ読んだだけで放置してある本だった。
小説家と言うのは、文章を同じように配列するだけで喰っている図々しい存在だと今更ながら思う。

時計を見ると病院へ行くのに丁度いい時間になっていたので、暇つぶしにでもなればいいかと出かける事にした。
歩いていると、よく知っている人に出会った。
なぜか最近は本当に不思議なぐらい、顔見知りとよくすれ違う。
私は相手の顔に見覚えがあるので挨拶をするのだが、向うが忘れている事が多い。
私も相手の名前までは分からないが、名前を聞くとやっぱり良く知っている人なのだった。

医者は私になんだかんだとしゃべっている。
いつか聞いたような事ばかりなので私は聞き流している。

あなたは「既視感」が、つまり一度も見た事がない物、行った事がない場所でも、見た事があるような、行った事があるような気がするという精神状態が、なぜか病的に強くなってしまっているようですと言った。
これは新しい精神疾患かもしれないので大学病院を紹介するので行ってほしいとまで言った。
まただ、まただ。
前にも同じことを言われて断ったじゃないか。
医者と言うのはいつも同じ事しか言わない、馬鹿の一つ覚えだ。
大学で教わった事をそのまま信じ込んでいる融通のきかない石頭人間ばかりだ。
私はそのまま席を立って、病院から飛び出した。

家への道を歩きながら考える。
面白くもない新聞は、取るのをやめてテレビはリサイクルショップに持って行こう。
本も全部処分するんだ。
しかし今日はなぜか知っている人によく出会う。
すれ違う人すれ違う人、みんなに挨拶をしながら私は歩き続けた。

その夜、最後の見納めだと思ってテレビのニュース番組を見た。
いつものキャスターが原稿を見ながらしゃべっている。
するとそのキャスターは、途中でニュースを読むのを中断して言った。
「おい、何だこの原稿。昨日読んだのと同じ原稿だぞ」
それがどうした?よくある事じゃないか。

それからと言うもの、世界中でも私と同じようにその事に気が付く人が多くなって行き、政治経済は大混乱に陥ってしまった。
まあ、よくあることだけど。


(終わり)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

とにかく設定がいいですよね。
淡々としながらも、徐々に世界を広げていく描写方法が巧だと思います。
これが淡々とした作品を書くときのコツなんでしょうね。
nice!(1)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 1

コメント 4

せきた

読み始めは 「スレた人だなぁ」 と思いだんだん 「感じ悪い人だなぁ」 と主人公を斜めに見る様になり、オチで世界が逆転して茫然としながら、主人公に謝りました。
時間経過と感情を上手く使って、淡々と流れるストーリーがオチでの逆転をより引き立てているように感じました。
素晴らしい作品を有難うございます。

海野久実さんにしてやられました。
まあ、よくあることだけど。
by せきた (2011-01-21 11:11) 

雫石鉄也

これは怖い話ですね。
じわじわと恐怖がつのります。
この主人公にの身になってみれば、たまりません。
最初は、嫌気がするでしょう。そして、次に待っているのは巨大な「退屈」無限の「退屈」が永遠に続くのです。
「退屈」ほど人間を腐らすものはありません。怖いですね。
by 雫石鉄也 (2011-01-21 20:52) 

サイトー

>せきたさん
この時間経過の使い方は上手いと思います。
見習いたい技術ですよね。

>雫石鉄也さん
ぼくも「退屈」をテーマに何個か書いたことがありますが、これって怖い話ですよね。
人間から刺激を奪うと狂うとの話もありますし。
by サイトー (2011-01-21 23:02) 

海野久実

せきたさん  雫石鉄也さん そして サイトー さんありがとうございます。
>時間経過の使い方
うう‥
どういう風にうまいのかがよく判りませんが(笑)
気に入っていただけたら嬉しいです。

この作品の元の形は‥
>すれ違う人すれ違う人、みんなに挨拶をしながら私は歩き続けた。
の後に
>その夜私はいつか見た事のあるくそ面白くもない夢を見た。
の一行があるだけでした。

あと、SF作家さんにいただいたコメントの正確な表現は。
>(前略)問題はこれを現代人一般の問題にまで広げる描写がない事だ(後略)
と言うものでした。
by 海野久実 (2011-01-22 22:16) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0