『ミスティ』 平渡 敏 [ショートショートの紹介!]
ぼくが一度も入選したことのない小説現代ショートショートコンテストに4回入賞している平渡敏(ひらとびん)さんからショートショートの掲載許可をいただきました。
平渡さんは「将棋」小説現代 2009年10月号、「夢の人」小説現代 2010年6月号、「種」小説現代 2010年12月号、「マナー」小説現代2011年1月号とコンスタントに入賞されている実力者です。
本当に凄いです!
今回、掲載の許可をいただいた作品は、大阪ショートショート(今年のテーマは「種」でした)に投稿した作品だそうです。
受賞には至らなかったそうですが、とても良くできた作品ですし、最低でも最終選考には残るべき作品だと思います。
掲載の許可をいただきました平渡さんには感謝です。
それでは、作品をお楽しみください!
【平渡敏のブログ】
http://hiratobin.blog109.fc2.com/
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『ミスティ』 平渡 敏
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「上司からは契約打ち切りを言われました」深夜のファミレスで、ガンマレコードの山本は困ったように切り出した。
呼び出された時からある程度予想していたので、驚きはしなかった。デビューCDの売り上げが340枚では仕方なかろう。しかも、その内30枚は俺と山本が買った分だ。
「でも、もう一度だけチャンスをもらってきました。1カ月後までに是非ヒット曲を書いて下さい。それが出来れば……」
ありがたい言葉だった。山本は俺の才能を買ってくれている。だが、1カ月か……。
山本と別れて夜道を歩いていると、田舎のおふくろの声が聞こえた気がした。「お前も来年は30なんだから、夢みたいなことばかり言ってないで母さんを安心させとくれ」
そろそろ潮時かもしれないな。しかし、これまでの俺の音楽人生は一体何だったんだ。
俺は立ち止まってこぶしを強く握りしめた。
「いいものがありますよ」後ろから声がした。振り向くと中年の男が薄気味悪い笑みを浮かべている。
「この種を植えてみて下さい」男は俺に種を手渡して、夜の闇に消えた。少しだけ触れた指先が驚くほど冷たかった。
悪魔との取引ってやつか。俺は自分でも意外なほど冷静に事態を受け入れた。人生最大の岐路に立った俺に、そのようなことが起きるのは不思議ではない気がしたのだ。
家に帰った俺は、早速洗面器を植木鉢にして種を植えた。さて、どんな植物が生えてくるものやら……。
翌日。目覚めた俺は、植木鉢からメロディが流れてくるのに気がついた。どこか霧にかすんだような不思議なメロディ。見ると、可愛らしい緑色の双葉がけなげに奏でている。
「いける」俺はすぐに確信した。ミスティというタイトルと適当な歌詞をつけた。
発売されたミスティは、あっという間にチャートを駆け上った。テレビにも毎日のように出演できるようになった。
双葉は毎日、飽きもせずにミスティを奏でている。俺がなでてやるとうれしそうに明るい音色で。俺が酒を飲んでそのまま寝てしまうとどこか愁いを含んだ響きで……。
俺はいつしか、双葉にいろんなことを話しかけるようになった。「今日はTSBテレビのサウンドカーニバルに出演したんだ」「通帳に結構な印税が振込まれていたよ」
双葉は、俺の話に答えるかのようにミスティの調べの表情を変える。
(よかったですね)(私もうれしいわ)
俺は、何だか双葉と心が通じ合っているような気がするようになっていた。
そんなある日のこと。俺はファンの女と打ち上げで盛り上がり、彼女をお持ち帰りした。
「わぁ、何、これ。可愛い。ミスティのメロディじゃない」女は双葉を見て喜んだ。
双葉の奏でる曲調は、露骨なまでに不機嫌な調子になった。
「ちょっと、いやぁね。こんな暗いミスティは好きじゃないわ」
俺は仕方なく、双葉をベランダに出した。俺が女とベッドに入ろうとすると、窓の向こうから恨めしげなメロディが流れてくる。
「何なの、これ。私、帰るわ」彼女は怒って帰ってしまった。
「おい、いいかげんにしろ」俺は双葉に怒鳴った。双葉は哀愁を帯びた調べで答えた。
「そんな風にしおらしくしてもダメだぞ。せっかくのチャンスだったのに」俺は悔しくて、双葉に背中を向けてふて寝した。
2週間後。俺と双葉は冷戦状態のままだった。そうこうしている内に、ミスティはヒットチャートから消え、テレビでは新しいヒット曲を携えた別の歌手を頻繁に見るようになった。イライラしていた俺は双葉にあたった。
「おい、新しいメロディはないのかよ」
双葉は悲しげにミスティのメロディを繰り返すだけだった。
「うるさいんだよ。いつも同じ曲ばかり」俺は双葉を掴んで引っこ抜こうとした。
一瞬、双葉の奏でるメロディが途切れた。俺は、はっとして、双葉から手を離した。たとえ一時の夢のようなものだったとしても、俺に成功を味わわせてくれた双葉に、こんなことをしてしまうなんて……。
「すまない、悪かった」俺が謝ると、双葉は久しぶりに明るいミスティで答えてくれた。
それから2カ月が経った。だが、俺を巡る状況は悪くなるばかりだった。
俺は色々と考えるようになった。双葉は可愛らしいけれども、さすがに植物と結婚するわけにはいかない。もう新しいステップを踏み出さなければならない時なのだ。双葉との関係を一体どうすればいいのだろう。
俺はあの時の悪魔を思って叫んだ。
「もう、終わりにさせて下さい」
すると中年おやじの悪魔が俺の前に姿を現して言った。
「あなたのまいた種でしょう」
(了)
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真面目な話がずーっと続いていると思いきや、最後の一行が言葉遊びという作品が個人的に大好きです。
(Hiro@きなこねじりさんの「果肉祭」という作品(*SFマガジンリーダーズストーリー入選作)を思い出します)
自分もときおり最後の一行を言葉遊びで締めるネタを書くのですが、どうも上手くいきません。
平渡さんの作品を参考に、再挑戦してみたいと思います!
平渡さんは「将棋」小説現代 2009年10月号、「夢の人」小説現代 2010年6月号、「種」小説現代 2010年12月号、「マナー」小説現代2011年1月号とコンスタントに入賞されている実力者です。
本当に凄いです!
今回、掲載の許可をいただいた作品は、大阪ショートショート(今年のテーマは「種」でした)に投稿した作品だそうです。
受賞には至らなかったそうですが、とても良くできた作品ですし、最低でも最終選考には残るべき作品だと思います。
掲載の許可をいただきました平渡さんには感謝です。
それでは、作品をお楽しみください!
【平渡敏のブログ】
http://hiratobin.blog109.fc2.com/
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『ミスティ』 平渡 敏
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「上司からは契約打ち切りを言われました」深夜のファミレスで、ガンマレコードの山本は困ったように切り出した。
呼び出された時からある程度予想していたので、驚きはしなかった。デビューCDの売り上げが340枚では仕方なかろう。しかも、その内30枚は俺と山本が買った分だ。
「でも、もう一度だけチャンスをもらってきました。1カ月後までに是非ヒット曲を書いて下さい。それが出来れば……」
ありがたい言葉だった。山本は俺の才能を買ってくれている。だが、1カ月か……。
山本と別れて夜道を歩いていると、田舎のおふくろの声が聞こえた気がした。「お前も来年は30なんだから、夢みたいなことばかり言ってないで母さんを安心させとくれ」
そろそろ潮時かもしれないな。しかし、これまでの俺の音楽人生は一体何だったんだ。
俺は立ち止まってこぶしを強く握りしめた。
「いいものがありますよ」後ろから声がした。振り向くと中年の男が薄気味悪い笑みを浮かべている。
「この種を植えてみて下さい」男は俺に種を手渡して、夜の闇に消えた。少しだけ触れた指先が驚くほど冷たかった。
悪魔との取引ってやつか。俺は自分でも意外なほど冷静に事態を受け入れた。人生最大の岐路に立った俺に、そのようなことが起きるのは不思議ではない気がしたのだ。
家に帰った俺は、早速洗面器を植木鉢にして種を植えた。さて、どんな植物が生えてくるものやら……。
翌日。目覚めた俺は、植木鉢からメロディが流れてくるのに気がついた。どこか霧にかすんだような不思議なメロディ。見ると、可愛らしい緑色の双葉がけなげに奏でている。
「いける」俺はすぐに確信した。ミスティというタイトルと適当な歌詞をつけた。
発売されたミスティは、あっという間にチャートを駆け上った。テレビにも毎日のように出演できるようになった。
双葉は毎日、飽きもせずにミスティを奏でている。俺がなでてやるとうれしそうに明るい音色で。俺が酒を飲んでそのまま寝てしまうとどこか愁いを含んだ響きで……。
俺はいつしか、双葉にいろんなことを話しかけるようになった。「今日はTSBテレビのサウンドカーニバルに出演したんだ」「通帳に結構な印税が振込まれていたよ」
双葉は、俺の話に答えるかのようにミスティの調べの表情を変える。
(よかったですね)(私もうれしいわ)
俺は、何だか双葉と心が通じ合っているような気がするようになっていた。
そんなある日のこと。俺はファンの女と打ち上げで盛り上がり、彼女をお持ち帰りした。
「わぁ、何、これ。可愛い。ミスティのメロディじゃない」女は双葉を見て喜んだ。
双葉の奏でる曲調は、露骨なまでに不機嫌な調子になった。
「ちょっと、いやぁね。こんな暗いミスティは好きじゃないわ」
俺は仕方なく、双葉をベランダに出した。俺が女とベッドに入ろうとすると、窓の向こうから恨めしげなメロディが流れてくる。
「何なの、これ。私、帰るわ」彼女は怒って帰ってしまった。
「おい、いいかげんにしろ」俺は双葉に怒鳴った。双葉は哀愁を帯びた調べで答えた。
「そんな風にしおらしくしてもダメだぞ。せっかくのチャンスだったのに」俺は悔しくて、双葉に背中を向けてふて寝した。
2週間後。俺と双葉は冷戦状態のままだった。そうこうしている内に、ミスティはヒットチャートから消え、テレビでは新しいヒット曲を携えた別の歌手を頻繁に見るようになった。イライラしていた俺は双葉にあたった。
「おい、新しいメロディはないのかよ」
双葉は悲しげにミスティのメロディを繰り返すだけだった。
「うるさいんだよ。いつも同じ曲ばかり」俺は双葉を掴んで引っこ抜こうとした。
一瞬、双葉の奏でるメロディが途切れた。俺は、はっとして、双葉から手を離した。たとえ一時の夢のようなものだったとしても、俺に成功を味わわせてくれた双葉に、こんなことをしてしまうなんて……。
「すまない、悪かった」俺が謝ると、双葉は久しぶりに明るいミスティで答えてくれた。
それから2カ月が経った。だが、俺を巡る状況は悪くなるばかりだった。
俺は色々と考えるようになった。双葉は可愛らしいけれども、さすがに植物と結婚するわけにはいかない。もう新しいステップを踏み出さなければならない時なのだ。双葉との関係を一体どうすればいいのだろう。
俺はあの時の悪魔を思って叫んだ。
「もう、終わりにさせて下さい」
すると中年おやじの悪魔が俺の前に姿を現して言った。
「あなたのまいた種でしょう」
(了)
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真面目な話がずーっと続いていると思いきや、最後の一行が言葉遊びという作品が個人的に大好きです。
(Hiro@きなこねじりさんの「果肉祭」という作品(*SFマガジンリーダーズストーリー入選作)を思い出します)
自分もときおり最後の一行を言葉遊びで締めるネタを書くのですが、どうも上手くいきません。
平渡さんの作品を参考に、再挑戦してみたいと思います!
これも面白かったです。
双葉がなんとも、いじらしく、かわいらしいです。
オチも良かったです。「あなたのまいた種」そのとおりですね。なにもいいかえせませんね。
大阪ショートショート、私のブログでブックマークさせていただいている、堀晃さんが審査員です。
堀さんとも長いつき合いで、40年近くご厚誼をいただいております。
昨年の星新一展の江坂さんの講演会でもお会いしました。
by 雫石鉄也 (2011-01-06 09:40)
>雫石鉄也さん
堀晃さんとは大阪ショートショートの授賞式でお会いしたことがあります。
といっても、これといった会話を交わしたわけではないので、堀先生は覚えていらっしゃらないと思いますが(汗)
by サイトー (2011-01-07 05:41)
雫石さん、サイトーさん、どうもありがとうございます。
少しほめすぎのような気もしますが、とてもうれしいです。
今後とも、どうかよろしくお願いします。
by 平渡敏 (2011-01-08 00:54)