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『さよならイエスタデイ』 ゆめなさん [ショートショートの紹介!]

今日はゆめなさんの『さよならイエスタデイ』を紹介します。
ゆめなさんの作品は、淡々とした文体のなかに気品を漂わせていて、とても上手な文
章だと思います。
ストーリーも、主人公であるミス・シュプレームの孤独を表現していきますが、それ
で物語を閉じるのではなく、ラストで読者を前向きな気持ちにさせてくれます。
安心して読める良作だと思います。
また、ゆめさんは様々なイラストを描かれています。
かわいらしい絵柄から、スタイリッシュなイラスト、幻想的な作品まで、技の広さは
驚異的です。

ぜひとも、ゆめなさんのHPでイラストもご覧下さい!

【FC小説 ゆめなさんのページ】
http://novel.fc2.com/user/299942/

【ゆめなさんのHP】
http://obo.hebiichigo.com/


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『さよならイエスタデイ』 ゆめなさん
(初出:電子書籍デジブ H23.8.4)


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 ミス・シュプレームに手に入らないものはありませんでした。彼女は世界で一番のデザイナーで、とても美しく、由緒正しい家の一人娘であったので、知識も、教養も、富も、人々の羨望の眼差しも、すべてを一心に集めていました。彼女が喉が渇いたと言えば誰もが大慌てで国一番の高級な紅茶を用意し、天気が良くて外が気持ちいいわねと言えば仕事を休ませて絶景の公園を貸し切りにします。
 ミス・シュプレームの描いたものはたちまち億万の値打ちがつき、その繊細で緻密なデザインは世の人々を次々と虜にしていきました。
 ある日、ミス・シュプレームが手がけたウェディングドレスのお披露目パーティが開かれたときのことです。
 会場に小さな子どもが迷い込んでいたのを警備員の一人が発見しました。
 子どもは棒のように細い手足と薄汚いぼろを纏っていて、とても見ていられるものではありません。何人もの貴婦人が子どもを見て悲鳴を上げ、早く捕まえてちょうだいと言いました。
 ですがその子どもはすばしっこく、何かを探している様子で、周りが見えていません。白いテーブルクロスにもぐりこみ、ついには主役のミス・シュプレームの足につまづいて転びました。
「なんて無礼な子なの!」
 秘書が叫びます。「早く誰か捕まえて!」と続けますが、誰もがその薄汚い姿を見て首を横に振り、自ら動こうとはしませんでした。
 そのときです。子どもがぱあっと突然笑い出しました。
「いたわ!」
 どうやら探し物を見つけたようです。
 ぴょん、とテーブルの下から、同じように真っ白な一羽のうさぎが姿を現しました。
 周囲がどよめきます。あんなものを入れたのは誰だ、と男の声ががなります。
「ほうら、おいで。帰りましょうよ」
 子どもが笑いながらうさぎに歩み寄ります。
 動物に話しかけるなんて、と誰かがため息をもらしました。
 人騒がせな、と別の声が言いました。
 ざわざわと周囲がざわめいた、次の瞬間です。
 パン、と乾いた音が高くこだましました。
 煙のにおいが充満します。うさぎが赤い血を流しながらぱたりと動かなくなってしまいました。
「お騒がせをしました。すぐに回収しますので、皆さまは引き続きお楽しみください」
 機械的な、冷たい声がして、銃を持った男が前に出てきました。
 ミス・シュプレームはじっと子どもを見ています。
 子どもはうさぎのもとに駆け寄ると、その腹をゆすって、何か声をかけました。うさぎは動きません。子どもの手が赤く染まっていきます。
 子どもが立ち上がって振り返りました。ミス・シュプレームと目が合います。子どもは彼女のもとに駆け寄ると、彼女の手にしていた、白いスカーフをはぎ取りました。
「貸して!」
 そう言って再びうさぎのもとへ駆け寄って行くと、子どもはその赤い腹にスカーフを巻き付けます。
 誰もが一瞬、呆然としました。
 雪のように白いスカーフに、鮮やかな赤が染みこんでいきます。
「いやあ!」
 秘書が頭を抱えて絶叫します。
「あの子は何を考えているの! 自分が何をしているかわかっているの!?」
 あの子どもが持っているスカーフは、ミス・シュプレームの、一番新しい作品でした。
 最高級のシルクの生地に、ミス・シュプレーム自らが手で刺繍をほどこした、世界でたった一枚だけのものです。誰もがその美しさにため息をこぼし、いくらだって値段をつけて欲しがる逸品なのです。
 これはミス・シュプレームしか知らないことですが、実は、そのシルクは、今は亡き彼女の父が、彼女がいつか作り上げる最高の作品のためにと残した、たった一つだけの贈り物でした。
 それがどんどん血に染まっていきます。
「誰かあの子を!」
「止めるな!」
 秘書の声を遮って、ミス・シュプレームの、凛と強い声が響きわたりました。
 誰もが息を止めて、じっと動かなくなります。
「ですがミス・シュプレーム!」
 噛みつくように言った秘書の方は見ずに、ミス・シュプレームは子どもに歩み寄ってしゃがみ込みました。
「お前、そのうさぎは友だちなのか?」
「そうよ、大事なお友だちよ。早く治してあげなきゃ!」
 馬鹿だな、もう死んでるよ、と近くにいた男が呆れたように言いました。うさぎが友だちだなんておかしな奴だな、と別の声が笑います。滑稽な子どもだ、無礼だ、無知だと、声はどんどん増えていきます。
「黙るんだ」
 ミス・シュプレームが立ち上がりました。途端に声が止みます。
 ミス・シュプレームは子どもを見つめました。
「お前の名前は?」
「あたし? あたしはソイツよ」
「ソイツ?」
 その発音は人の名前というよりも、あいつ、そいつ、という言葉のそれに聞こえます。
 ソイツは顔を上げてにっこりと笑いました。
 その手の下で、うさぎはぴくりともしません。
 どうやら、ソイツはうさぎが死んでいるということがわからないようでした。
 そして、そのぼろから覗く細い肩に、治療の跡のない銃創のようなものがあるのにミス・シュプレームは気づきました。
「ソイツ。そのうさぎはもう死んでいるんだ」
「え?」
「私たちが殺してしまった。血を止めてももう動くことはない」
 ソイツはそう言われてやっとうさぎの死を理解したようです。うさぎとミス・シュプレームを交互に見て、それからスカーフを取り上げて、ぎこちなく笑いました。
「おばさん、ごめんね、綺麗な布を汚してしまって。ねえ、洗って返せばいいかしら。落ちるかな?」
「ミス・シュプレームに向かっておばさんだなんて――あのスカーフを洗ってだなんて――誰か、誰かはやくあの子をここから追い出して!」
 すっかり取り乱している秘書が叫ぶと、その声に応じるように、再び周囲が騒然とします。
「ソイツ。それはそのうさぎに差し上げよう。私たちの無礼を――詫びても詫び切れないが」
「何を仰っているのです、ミス・シュプレーム!」
「そうだな。足りないくらいだよ」
 毅然とそう切り返したミス・シュプレームに、秘書ははっとした顔をして、唇を噛んで押し黙りました。
 ミス・シュプレームは周囲の人々を真正面からじっと見据えます。
「お前たちにはこの子が何をしているのかわからないのか」
「そんな――その子は――」
「友だちを助けようとしたこの子が、どうして非難されなければならない」
 誰も、何も言えませんでした。
 ミス・シュプレームは目線とソイツと同じ位置に合わせました。
「ソイツ。お前は友だちを一人失ってしまったが、どうだろう。替わりとは言わないが、私の友だちになってくれないだろうか」
 ミス・シュプレームには手に入らないものはありませんでしたが、持たないものもまたありました。
「私には友だちがいないんだ」
 彼女は本当は、世界で一番おいしい紅茶も、貸し切りの公園も、美しい景色もいらなかったのです。
 世界で一番でなくてもいいから、一緒に紅茶を飲んでおいしいと思える相手や、楽しく笑い会える人と訪れる公園の方がずっと魅力的でした。
 それでも彼女の周りに集まってくるのは、ミス・シュプレームを、世界一のデザイナーや、高貴な家柄の娘という目でしか捕らえなかったのです。いつもミス・シュプレームは独りぼっちでした。
 だから不謹慎だと思っていても、目の前のソイツとの出会いを、ミス・シュプレームはとても喜ばしく思ったのです。
 ソイツは顔を上げて、ミス・シュプレームを見つめて、それからにっこりと、本当に嬉しそうに笑いました。
「いいわ。素敵なおばさん。お友だちになりましょう」
 ミス・シュプレームもにっこりと微笑み返します。
「それじゃまず、そのうさぎのお墓を作ってやろう。大事な友だちの、大事な友だちだ」


(終わり)
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いかがでしょうか?
物語の舞台の雰囲気を存分にかもし出されていると思います!


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コメント 7

海野久実

齊藤さん、これは1ページ目だけですね。
これだけでも、「結構切れのいい終わり方だなー」と思って読んだんですけど。
やはり全部読むと、なかなかの力作ですね。

このコメントは削除していただいても結構です。
by 海野久実 (2011-08-20 22:00) 

海野久実

これは、何かのシリーズ物なんでしょうか?
単独作品だとすると、こんな短い作品にはもったいないぐらいに舞台設定や人物設定が良く出来ていますね。
お話も感動的でした。
短編を一本読んだぐらいの印象があります。
by 海野久実 (2011-08-20 22:05) 

サイトー

>海野久実さん
凝縮した短編という思いは自分もありました。
素直に書いていけば、1シーンを原稿用紙10枚にしても耐えられるだけの内容がありますよね。
by サイトー (2011-08-21 06:43) 

海野久実

齊藤さん。
最初のコメントは、2ページあるこの作品が1ページ目しかアップされてませんよと言うお知らせなんです。
言葉が足りませんでした。
このコメントも削除してくださいね。

by 海野久実 (2011-08-21 08:37) 

川越敏司

あ、ほんとですね。続きがありました。でも、サイトーさん編集バージョンの方が切れがあってよいかもしれませんね。

昔話風の物語口調。なにか民話のような。雰囲気が出ていて、素敵なお話です。「ミス」なのに男言葉のところとか、ちょっとだけ違和感がありますが。

あと、オリジナルの後半で、子どもの名前はソイツと明かされますが、「その発音は人の名前というよりも、あいつ、そいつ、という言葉のそれに聞こえます。」というのは、この異国風物語にしては、ヘンな説明ですね。

by 川越敏司 (2011-08-21 09:00) 

海野久実

えーと、齊藤さんには作品を修正して、知らんぷりをしてもらおうと思って、コメントの削除をお願いしたのですが、川越さんが言及されたので、流れ上削除はなしと言う事で(笑)

こので感じた違和感は「ソイツ」にも多少はありましたが、それよりもパーティー会場で警備員が発砲した事ですね。
人がたくさん集まっている場所で、兎を殺すのに銃の発砲は危険で、やりすぎだと思います。
この警備員は厳重注意ですね。
by 海野久実 (2011-08-21 10:56) 

サイトー

>海野久実さん
せっかくのお気遣いにもかかわらず、気がつかずすみません……。
ああ、自分のバカバカバカ(息子の口癖。変な言葉ばかり覚えてまったく……)

>川越敏司さん
いつも感想ありがとうございます。
ウサギですと網が自然ですかね。
獰猛そうに見える(実は獰猛でない)キツネあたりにすると、より自然だったかもしれませんね。
by サイトー (2011-08-22 05:44) 

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