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『おろかな男の呟き』 月蔭屋さん [ショートショートの紹介!]

米国債の格下げから世界同時株安が始まりました。
とりあず一服感はありますが、さて、格下げ前の水準にもどるかどうかは分かりません。
アメリカやヨーロッパでは景気は弱含みで動きそうですし、頼みの綱の中国も息切れ感が噂されるようになりました。

ということで、今日は経済ショートショート、月蔭屋さんの『おろかな男の呟き』を紹介します。
円がデフォルトした日を、ある男の日常を通じて描きます。

ぼくは経済に詳しくないのですが、デフォルトしたらこのような感じになるんだろうなあという現実感があると思います。
それでは、お楽しみください!


【電子書籍パブー・月蔭屋さんのページ】
http://p.booklog.jp/users/tsukikageya

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『おろかな男の呟き』 月蔭屋



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ひどい男も居たもんだ
この書き出しからして読む気が失せる


* * *


できるサラリーマンを目指している俺は、いつものように一番乗りに会社に着いた。ゆとり世代とさんざんバカにされたが、それを見返してやろうともう何年もこの習慣を続けている。
とはいっても、今となってはこの部署に俺1人しかいないので、競争相手がいない。静かなフロア兼倉庫で、とりあえずパソコンを立ち上げる。


ちなみに、最初から1人だったわけじゃない。俺がこの部署に来た時、男ばかりの同僚が3人いた。
1人は35歳の中途入社で、履歴書に書いてあったスキルが真っ赤なウソであることがばれてすぐクビになった。もう1人はなにも仕事してないくせに鬱になってやめた。その後、自殺したらしい。最後までいた1人は40歳手前で同い年の相手と結婚し、産んだ子供が障がい児で、育児のためと言って辞めていった。俺はまだ独身だが、給料が低く仕事のない会社で残業代を稼ぐのに忙しいから、遊びも結婚もする予定はない。稼いだ金もほとんど税金に消える。特に年金の負担が大きいのだが、肝心の支給は80歳からだ。それまでに死なないで生きていようと思う。昨日も、消費税の25%までの引き上げ法案が否決されたばかりだ。今の20%だって相当なものだ、俺が産まれたときは3%だったんだぞ。


9時。さあ今日も一日頑張ろう、そのために携帯の待ち受けの画面のピンクの髪の女の子(アニメのキャラクターで、俺の嫁なんだ)を見ようとしたら、メールが来た。ロリターからのニュース速報メールだ。できるサラリーマンは最新の情報をいちはやくゲットする。「長期国債先物価格暴落、株価も急落」ということだ。なるほど。特に問題ない。先物ってあれだろ、金を右から左にやって大もうけできる奴だ。俺は貧乏だしそういうギャンブルには手を出していない。暴落ということは金持ちが大損こいたんだろう。メシウマメシウマ。俺はパソコンに向かって仕事を始める。


昼が過ぎた、もう1時だ。またニュースメールが届いている。「ドル、08年以来100円超え 円安止められず」。アメリカには行かないから関係ない。そろそろ昼飯を買いにいこう。今日は仕事の合間に「ツーシーエイチ」という掲示板に2つもスレを立ててしまった。あまりにも仕事が早く出来てしまうので、その合間に神々の遊びに興じるのだ。「ツーシーエイチ」でも国債がどうのというスレが立ちまくっていた。μ速民は金持ちのエリートばかりだからな。
1階のコンビニに行って昼飯を買おうと思い、エレベーターに乗る。昼時のエレベーターは各駅停車だ。乗ってくるのはみんなじいさんばあさんで、俺が一番若いぐらいだ。今の若者は一体どこで金を稼いでいるんだろう。


自分の机に戻って昼飯を食い終わる。話し相手が居ないことにはもう慣れた。これでも学生時代はリア充と呼ばれ友達も多かったのだが。


14時過ぎ、またメールが来た。「10年もの国債入札終了、急激な価格変動なし」というニュースメールだ。こんなメール受け取ってどうしろというんだ。毎月300円も払っているんだから、もっと有意義なメールを送ってきて欲しいもんだ。


その日は3時間残業し、寮に帰って寝た。うちにはテレビもないし、新聞もない。パソコンがあれば何も問題ない。
もう何年も会っていない大学の友達からメールが来ていた。
「可能なら全財産海外に送れ、とりあえずうちの外資銀行に預けてくれればどうにかする」
意味が分からない。気でも狂ったか。アドレス詳細を見ると、当時のサークルメンバーに送っているみたいだ。メールはフォイスブックで送ってきて欲しい。


次の日も何事もなく過ぎた。この日の晩は、ニヨニヨ動画という動画サイトでピンク髪の女の子が出てくるアニメを1話から見直していたので、朝まで起きていた。


翌々日、できるサラリーマンである俺はあろうことか居眠りをしてしまった。ピンク髪の女の子へのあまりの愛の大きさが、俺を寝不足に追い込んだのだ。しかし、これだけ愛せる相手が居るのは素晴らしいことだ。大体、俺が居眠りしたってだれも来やしない、電話もかかってこない。どうせ仕事もあるけどないようなもんだしいいじゃないか。
既に昼を過ぎて2時になっていた。とりあえず昼飯を買いに、いつものように1階のコンビニに下りるため、エレベーターに乗る。いつもなら階下で働いている何人かのおじいさんおばあさんが、かしましく話をしながらエレベーターを満員にするのだが、今日は誰も乗っていない。昨日あたりお迎えのバスが来たのだろうか。あいつら死んだら俺も昇進できるかな。年金の負担も減るかもしれない。


1階に着き、ドアが開く。と、目の前に長蛇の列があった。お前らは何だ、蟻か? このビルに居る全員が並んでいるんじゃないかというぐらいの長さだった。コンビニのある方へ回り込むと、列が外まで延々と続いていることに気づいた。列はコンビニからのと銀行からの二列あって、コンビニ店員が「さっせーん、ATMもうつかえっせーん、んこーいってっさーい」などと叫んでいる。何を言っているのか分からない。どうやらみんなATMに群がっているようだ。今日給料日だったか? コンビニの列が銀行の列と入り乱れて罵声が飛んでいる。並んでいるのは老人が多いようだ。いつもエレベーターに乗り合わせる人の顔を見かける。なにやら穏やかでない雰囲気である。
まぁ俺には関係ない。コンビニで昼飯を買おう。


自分の机に戻る。もう2時半近くなってしまった。携帯にメールが来ている。ニュースメールだ。「5年もの国債価格暴落、買い手つかず」なんとなくヤバいような気がした。国債は手つかずなのか。大体こういうのは政治家が悪いんだ。
そうだ、俺にもうちょっと語彙があれば、ラノベが書けるんじゃないか。国債「ドーン!」俺は後ろを向いて振り返った。死んだ。みたいな。なかなか良い気がする。


くだらないな、と思う。誰もいない、しんと静まり返ったフロアに、電話の音がけたたましく鳴り響いた。びっくりだ。もう何ヶ月も鳴っていなかったのに。電話を取ると、モニター越しにしか話したことのない上司の声が聞こえた。
「政府から非常事態宣言が出た。今日は帰れ」
えっ、と聞き返すまもなく電話が切れた。
わけがわからない。上司は頭がおかしいのではないだろうか。少なくとも俺の生活にこれっぽっちの非常事態も起きていない。多分、上司は東日本大震災なんかを経験しているから、ちょっとしたことでこうやって「帰れ」ということに誇りを感じているんだろう。


とはいえ、何か大変なことが起こっている。それはなんとなく肌で感じられる。しかし、何が起こっていてどうしたらいいのか分からない。パソコンで「ツーシーエイチ」のスレを見ることにした。
財産を海外に移す方法(727)
【国債】円オワタ【暴落】★8(53)
なんでIMFが何もしてくれないのはなぜなんだぜ?(925)
「財産を海外に……」はなんだか既視感がある。なんだったか。そうだ、数日前の友人からのメールだ。もうわけがわからない。


とりあえず上司に帰れと言われたので帰ろう。まだ3時だからちょっと秋葉原に寄っていこうかな。
1階に降りると、未だに長蛇の列であった。いや、もう列は半ば崩れかかっていて、銀行員の人に多くの人が詰め寄っていた。運転見合わせになった駅のような雰囲気だ。尋常じゃない。あわてて外に出た。
信号が変わりかけて、さっそく横断歩道を渡ろうとすると、「日通警備」と書かれた現金輸送のバンが猛スピードで目の前を通過していった。驚きのあまり目で追っていくと、カーチェイスさながらに車線変更を繰り返しながら走っていく。と思ったら、うちのビルに入っていった。そこの銀行に現金を届けるんだろうか。


いつも使う地下鉄の駅はビル直結だが、秋葉原へ行くためにはJRの駅から電車に乗るのが良い。駅までに3つ銀行があるが、どこも人でごった返していた。コンビニの前にも店員が立って、ATM使えませんと連呼している。
駅前の巨大ディスプレイには、なぜかNHKのニュースが流れていた。駅に入ると、駅の液晶パネルもNHKのニュースが流れていて、何人かの人が立ち止まって見ていた。
「……に対し政府は非常事態宣言を発布しました。海外からの支援が明日までに行われない場合は、預金引き出し制限を行うと思われます。日銀は基準貸付利率をゼロパーセントとし、ロンバート型貸出制度を一時的にとりやめ、無担保でも融資を行うと発表しました。財務省は米国債の放出を決定し……」
思わず、日本語でおk、と言わざるをえなかった。ニュースを見ても、なにが起こっているのか全然わからない。ウーウーというけたたましい音がして、外の道をパトカーが走っていく。


怖くなって、やっぱり家に帰ろうかと思う。それでも不安な心を押し殺そうとして歩き出し、JRの改札を通ろうとすると、改札機がピンポーンといって行く手を阻んだ。「チャージ金額が不足しています」そうだ、定期じゃないんだった。券売機にカードを入れ、1000のボタンを押し、千円札を取り出そうとする……しまった、金がない。しかし、このような状況ではどこで金を下ろせば良いのか。
仕方ない。戻って地下鉄に乗って帰ろう。そう思って歩き出すと、横道の狭い店に人が群がっている。金券ショップのようだ。怒号が飛び交っている。「今日はだめ!店閉める!閉めるっつってんだろ!」少し歩くと、宝石店にも人が群がっていた。「整理券をお配りします、お待ちください!お待ちくださいお客様!」やれやれ。尋常じゃない。警官が2人、横を走っていった。


なんだか街全体が殺気立っているように思えた。何が起こっているのか分からないまま、ものすごく大きな濁流にのまれて死んでしまうような感じだ。地下鉄に乗っているあいだ、本当にちゃんと寮につけるのか心配だった。目的の駅に着き、少しほっとして列車を降りると、駅員の声がホームに響いた。
「この列車は当駅で運転を見合わせます、只今霞ヶ関駅で緊急停止ボタンが押された影響で、運転を見合わせます……」


家に帰り、動画サイトを立ち上げると、ニュースの録画ばかりがランキングに上がっていた。ひとつをクリックして内容を見る。
「アメリカ国債は、急激な円安によって日本政府の保有債が売却されるのではないかという懸念が広まったことから価格が暴落、利率が急騰しました。FRBは一層のドル不安を避けるため大規模な買い入れは出来ないと見られておりますが、中国が数十億ドル規模の緊急支援を発表したほか、欧州中央銀行もアメリカに対する支援を発表し……」


だめだ、わけがわからない。日本の話とか銀行の話とか円の話とか全く出てこないじゃないか。今までインターネット上から、携帯からパソコンから、あれほど情報を享受していたのはなんのためだったんだ。
俺は明日からの生活が何も変わらないよう願いながら、まだ見ていないシリーズのアニメを見始めた。

(終わり)
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今の財政状況を見る限りだと、消費税25%というのもそう遠くない時期にありそうですね。
このような日がこないことを祈ります。

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