【掌編】齊藤想『逃げ名人』 [自作ショートショート]
第36回小説でもどうぞに応募した作品その2です。
本作のアイデアとしては『負ける名人』と同じ手法を活用していますが、ストーリー展開は山本周五郎の短編を参考にしています。
具体的な技法はこちらの無料ニュースレターで紹介します。次回は10/5発行です。
・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!
―――――
『逃げ名人』 齊藤想
櫻井春蔵は、目の前にある川に、小石を水面を切るようにして投げつけた。小石は水面を跳ねるたびに勢いを失い、三回目で波紋を残して川面へと消えた。
土手の向こう側には櫻井道場がある。この河原まで、竹刀を叩きあう若者たちの勇ましい掛け声が聞こえている。
陽が傾き、夕方に近づいたころ、幼馴染の夕鶴がやってきた。夕鶴はうどん屋大膳の看板娘だ。大膳は道場の客で繁盛している。
道場の周りには大膳だけでなく、様々な飲食店や雑貨屋が並んでいる。その様子は、まるでお寺の前に広がる門前町のようだ。
春蔵は顔を動かさずに夕鶴に聞く。
「店はいいのか」
「ちょうど、ひと段落したところ。夕飯時前の息抜きとして、きてあげたの」
そう言いながら、夕鶴は春蔵のように小石を川に向かって投げた。夕鶴の小石は一度も跳ねることなく、波の隙間に吸い込まれる。
「今日も春ちゃんの道場は大盛況ね」
夕鶴のひとことに、春蔵は動きを止めた。
春蔵は櫻井道場の三代目だ。だが、もっぱら指導だけで、一度も勝負に立ち会ったことはない。
春蔵は物心ついたときから、祖父から剣術を仕込まれてきた。それなりの実力はあると自負している。ところが、祖父は春蔵に立ち合いを禁じた。まだ早い。そう言い続けているうちに、祖父は流行り病で遺言も残さずに死んでしまった。
三代目を襲名した春蔵は、何度も他流試合に立ち会うと言ったのだが、祖父の代から修行している高弟たちに阻まれて、いまや「道場にいると看板破りが次から次へと現れて困る」との理由で、日が暮れるまで河原に追いやられている。
そのような春蔵が、心を許せるのは幼馴染の夕鶴だけだった。
「夕ちゃん。おれが、世間からなんて呼ばれているか知っているか?」
「もうたくさん知っているわよ。神速の春蔵! 変幻自在の春蔵! 一撃の春蔵!」
「バカ。それは祖父が道場の宣伝のためにつけたあだ名だ。そのあだ名のおかげで、おれが凄い剣術家と誤解されている」
「お爺ちゃんは宣伝が上手かったからね」
「作られた伝説など迷惑だ。その伝説のせいで、立ち合いを禁じられて、いまや河原に追いやられている。いまでは、おれのあだなは逃げ名人だ。神速で逃げる春蔵、変幻自在に隠れる春蔵、一撃で逃走する春蔵」
「みんな上手いこと言うね」
「笑っている場合じゃない。だから、だれでも勝てると勘違いされて、こうして櫻井道場に端にも棒にもかからない素人剣士たちが集まってくる」
土手の向こう側から、夕鶴の父親が娘を呼ぶ声がした。夕方のかき入れ時に向けた仕込みが始まるらしい。
夕鶴は父親に返事をして立ち上がると、裾を軽く払った。
「けど、この界隈は、みんな春ちゃんに感謝しているのよ。櫻井道場のおかげで、周辺のお店は商売繁盛。これも春ちゃんが勝負を避けてくれるおかげ。だって、春ちゃんの本当の強さを知ったら、こんなにひとは集まってこないもの」
「本当の強さって、どっちの意味だが」
「もちろん、神速、変幻自在、一撃離脱の春蔵のほうよ」
「強いのか、弱いのか、どちらにも取れることを言うなよ。まあ、夕鶴のことだから、いい意味に取っておくよ」
春蔵は大きく振りかぶると、小石を水平方向に投げた。小石は勢いを失くことなく水面を跳ね続け、向こう岸まで到達した。
夕鶴が小さく拍手をする。
「ほら、これだけひとつのことに打ち込める春ちゃんが、弱いわけげないじゃない。お爺ちゃんは春ちゃんが勝ちづつけて天狗になることを恐れていただけよ、神速の春ちゃん」
「本当か」
「たぶん、だけど」
夕鶴は笑いながら、うどん屋大膳に戻っていった。
日が落ちた。
河原が暗闇に包まれると、春蔵は手にしていた木剣を取り出した。祖父から教わった型をいちから繰り返しす。最初はゆっくりと、徐々に早く。そして落葉や柳の枝を相手に稽古を続けていく。
汗がにじみ出るころ、月が高く上がった。
いつしか櫻井道場から声は聞こえなくなり、うどん屋大膳から素人剣士たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
逃げ名人か。それもいいかもな。これもひとつの役割なのかもしれない。
櫻井春蔵は道場への帰途についた。にぎわう商店街を通り抜けながら。
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本作のアイデアとしては『負ける名人』と同じ手法を活用していますが、ストーリー展開は山本周五郎の短編を参考にしています。
具体的な技法はこちらの無料ニュースレターで紹介します。次回は10/5発行です。
・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!
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『逃げ名人』 齊藤想
櫻井春蔵は、目の前にある川に、小石を水面を切るようにして投げつけた。小石は水面を跳ねるたびに勢いを失い、三回目で波紋を残して川面へと消えた。
土手の向こう側には櫻井道場がある。この河原まで、竹刀を叩きあう若者たちの勇ましい掛け声が聞こえている。
陽が傾き、夕方に近づいたころ、幼馴染の夕鶴がやってきた。夕鶴はうどん屋大膳の看板娘だ。大膳は道場の客で繁盛している。
道場の周りには大膳だけでなく、様々な飲食店や雑貨屋が並んでいる。その様子は、まるでお寺の前に広がる門前町のようだ。
春蔵は顔を動かさずに夕鶴に聞く。
「店はいいのか」
「ちょうど、ひと段落したところ。夕飯時前の息抜きとして、きてあげたの」
そう言いながら、夕鶴は春蔵のように小石を川に向かって投げた。夕鶴の小石は一度も跳ねることなく、波の隙間に吸い込まれる。
「今日も春ちゃんの道場は大盛況ね」
夕鶴のひとことに、春蔵は動きを止めた。
春蔵は櫻井道場の三代目だ。だが、もっぱら指導だけで、一度も勝負に立ち会ったことはない。
春蔵は物心ついたときから、祖父から剣術を仕込まれてきた。それなりの実力はあると自負している。ところが、祖父は春蔵に立ち合いを禁じた。まだ早い。そう言い続けているうちに、祖父は流行り病で遺言も残さずに死んでしまった。
三代目を襲名した春蔵は、何度も他流試合に立ち会うと言ったのだが、祖父の代から修行している高弟たちに阻まれて、いまや「道場にいると看板破りが次から次へと現れて困る」との理由で、日が暮れるまで河原に追いやられている。
そのような春蔵が、心を許せるのは幼馴染の夕鶴だけだった。
「夕ちゃん。おれが、世間からなんて呼ばれているか知っているか?」
「もうたくさん知っているわよ。神速の春蔵! 変幻自在の春蔵! 一撃の春蔵!」
「バカ。それは祖父が道場の宣伝のためにつけたあだ名だ。そのあだ名のおかげで、おれが凄い剣術家と誤解されている」
「お爺ちゃんは宣伝が上手かったからね」
「作られた伝説など迷惑だ。その伝説のせいで、立ち合いを禁じられて、いまや河原に追いやられている。いまでは、おれのあだなは逃げ名人だ。神速で逃げる春蔵、変幻自在に隠れる春蔵、一撃で逃走する春蔵」
「みんな上手いこと言うね」
「笑っている場合じゃない。だから、だれでも勝てると勘違いされて、こうして櫻井道場に端にも棒にもかからない素人剣士たちが集まってくる」
土手の向こう側から、夕鶴の父親が娘を呼ぶ声がした。夕方のかき入れ時に向けた仕込みが始まるらしい。
夕鶴は父親に返事をして立ち上がると、裾を軽く払った。
「けど、この界隈は、みんな春ちゃんに感謝しているのよ。櫻井道場のおかげで、周辺のお店は商売繁盛。これも春ちゃんが勝負を避けてくれるおかげ。だって、春ちゃんの本当の強さを知ったら、こんなにひとは集まってこないもの」
「本当の強さって、どっちの意味だが」
「もちろん、神速、変幻自在、一撃離脱の春蔵のほうよ」
「強いのか、弱いのか、どちらにも取れることを言うなよ。まあ、夕鶴のことだから、いい意味に取っておくよ」
春蔵は大きく振りかぶると、小石を水平方向に投げた。小石は勢いを失くことなく水面を跳ね続け、向こう岸まで到達した。
夕鶴が小さく拍手をする。
「ほら、これだけひとつのことに打ち込める春ちゃんが、弱いわけげないじゃない。お爺ちゃんは春ちゃんが勝ちづつけて天狗になることを恐れていただけよ、神速の春ちゃん」
「本当か」
「たぶん、だけど」
夕鶴は笑いながら、うどん屋大膳に戻っていった。
日が落ちた。
河原が暗闇に包まれると、春蔵は手にしていた木剣を取り出した。祖父から教わった型をいちから繰り返しす。最初はゆっくりと、徐々に早く。そして落葉や柳の枝を相手に稽古を続けていく。
汗がにじみ出るころ、月が高く上がった。
いつしか櫻井道場から声は聞こえなくなり、うどん屋大膳から素人剣士たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
逃げ名人か。それもいいかもな。これもひとつの役割なのかもしれない。
櫻井春蔵は道場への帰途についた。にぎわう商店街を通り抜けながら。
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最近の金融・投資【令和6年9月第3週】 [金融・投資]
〔先週の株式市場〕
先週は1日マイナス3日プラスで、トータルぼちぼちプラス。
先々週のマイナスを7割ぐらい取り戻したぐらい。月トータルでは大幅マイナス。
ずいぶんと値動きが激しくて、総裁選が近いので、それでいろいろと敏感になっているのかも。
現在の情勢だと、引き締め増税路線の石破議員が有力か。
石破議員が自民党総裁になったら、株価はぐーっと落ちるだろうなあ。
株価だけでなく、日本経済も。
〔JTの中間配当金が振り込まれた話〕
中間配当金が振り込まれた。次なる投資に向けて、少しずつ力を貯めているイメージです。
中間期の株主通信を読むと、業績は絶好調の様子。といっても、たぶん、円安効果が大きいんだろうなあ。
とはいえ、基本的には増配傾向の会社なので、とりあえずは安心して見ていられます。
まあ、急激に社会情勢が変わる可能性もありますが。
アンケートの依頼があったので、丁寧に回答しておく。アンケートに回答しても賞品が当たるわけではありませんが、なんとなく株主の義務かあなあとか思いまして。
先週は1日マイナス3日プラスで、トータルぼちぼちプラス。
先々週のマイナスを7割ぐらい取り戻したぐらい。月トータルでは大幅マイナス。
ずいぶんと値動きが激しくて、総裁選が近いので、それでいろいろと敏感になっているのかも。
現在の情勢だと、引き締め増税路線の石破議員が有力か。
石破議員が自民党総裁になったら、株価はぐーっと落ちるだろうなあ。
株価だけでなく、日本経済も。
〔JTの中間配当金が振り込まれた話〕
中間配当金が振り込まれた。次なる投資に向けて、少しずつ力を貯めているイメージです。
中間期の株主通信を読むと、業績は絶好調の様子。といっても、たぶん、円安効果が大きいんだろうなあ。
とはいえ、基本的には増配傾向の会社なので、とりあえずは安心して見ていられます。
まあ、急激に社会情勢が変わる可能性もありますが。
アンケートの依頼があったので、丁寧に回答しておく。アンケートに回答しても賞品が当たるわけではありませんが、なんとなく株主の義務かあなあとか思いまして。