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【SS】齊藤想『攻防』 [自作ショートショート]

第19回小説でもどうぞに応募した作品その2です。
テーマは「ものを食う話」です。

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 『攻防』 齊藤 想

 女性は何種類もの顔を持つという。
 世の男性たちは女性たちが作り出す様々な顔に恋をして、心音を高鳴らせ、ときには翻弄されながら泣き笑いを繰り返す。
 しかし、駅前の一等地にある高級フレンチレストランの山田店長にとっては、笑いごとではなかった。
 山田の店にフォックスと呼ばれる食い逃げ常習犯が現れるようになったのは、半年前からだった。
 彼女は不思議な顔をしている。
 美人でありながら全体的に平凡で、記憶にはまったく残らない。年齢不詳。性別ですら定かではない。
 彼女は来店するたびに服装、化粧、髪型を変えてくる。さらに体形も毎回変わり、シークレットブーツを利用しているのか身長まで日替わりという難敵だ。
 そのため、フォックスが目の前に座っていても、だれも気がつかない。
 彼女はまるで空気のようだ。食事が終わると、ゆっくりと立ち上がり、煙のように消えていく。
 テーブルに残されるのは、皿とグラスと何本かのナイフとフォークのみ。
 フォクスが現れたと気がつくのは、いつも閉店後だ。
 山田店長は、店の売上を毎日本社に報告する必要がある。レジを集計すると売り上げと現金が合わず、そこで初めてフォックスにやられたことが判明する。
 いまのところ本社からのお咎めはないが、これだけ被害が続くと、いつ左遷されてもおかしくない。
 なんとかして被害を食い止めなければならない。山田店長は監視カメラを何度も再生して、フォックスの手口を分析した。
 彼女の手口はいつも同じだ。
 彼女が座るのは、最も出入口に近いテーブル席。逃げやすいからだろう。彼女の狡猾なところは、その席を自ら希望するわけではなく、その席しか空いていないときを見計らってやってくるところだ。
 つまり、一番忙しいディナータイム。警戒の目が行き届かない絶好の時間帯だ。
 注文する料理も決まっており、それは「本日のおすすめ」だ。当店の一番人気であり、これも目立たないための作戦だろう。
 テーブルに料理が届くと、彼女は堪能するように眺め、香りを楽しみ、ときには写真を取り、それから優雅な仕草でフォークとナイフを手に取る。
 食事を終えると、フォックスは監視カメラに向かって微笑む。まるで、ごちそうさまでしたと言わんばかりだ。
 実に憎たらしい。ここまでコケにされていいのか。
 山田店長は、地団太を踏んで悔しがったが、フォックスを捕まえる良い思案が浮かばなかった。

 社長はいつも苦労していた。店舗チェックをするのに、社長が堂々と来店しても意味がない。普段の様子を見るには、一般客を装うのが一番だ。
 ときには外部の人間を頼むこともあるが、やはり自分の目で確かめたい。社長は丹念に変装をしてから、店に出向く。
 狙いはディナータイム。忙しい時間こそ、店の実力が試される。
 社長はいつもの席に腰を下ろすと、さっそく「本日のおすすめ」を注文する。このメニューは当社の看板メニューであり、一番力を注いでいる。
 提供された料理は細かくチェックする。盛り付けや見た目、さらには香りも確かめる。
 合格と見なしたら、ゆっくりと口にする。
 うん、旨い。やはり山田店長が運営しているだけのことはある。食材の選択からコックへの気配りまで、あらゆることに精通していないとこの味は出せない。
 レストランとは、いい食材と練達のコックを揃えるだけではダメなのだ。やはり店長の力量が物を言う。
 食事中に山田店長がホールに出てきた。見回りのつもりらしい。すぐ横を通り過ぎるが社長とは気が付かない。
 社長はふっと笑みを浮かべた。
 合格を見極めると、監視カメラに笑みを浮かべ、社長はこっそりと店を出る。お忍の難しさは、お忍びであることを最後まで悟られないことだ。警戒されないための知恵だ。
 支払いはカードを使うと正体がバレるので、いらずらの意味でそのまま出ている。この程度は社長特権だろう。
 それにしても、こんなときに長年の趣味が役に立つとは思わなかった。
 社長に女装趣味があることは、本社の幹部にも極秘にしている。

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