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【掌編】齊藤想『ザクロの思い出』 [自作ショートショート]

第19回小説でもどうぞに応募した作品その1です。
テーマは「ものを食う話」です。

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 『ザクロの思い出』 齊藤 想

 小学校時代に住んでいた社宅の裏庭に、ザクロの木が並んで植えられていた。
社宅は鉄筋コンクリート造の四階建てなので、裏庭の日当たりは非常に悪い。それでも季節になると見事なザクロが鈴なりに実り、それを子供たちは一部を口にして、残りの大部分を壁にぶつけて遊んでいた。
 壁にぶつけられたザクロは、手術中のがん患者のようにはらわたを晒し、寄生虫みたいな赤い粒を地面にまき散らす。
 ザクロが潰れるときの音も面白い。
「グシャ」とか「グジュ」という音だけでなく、音の反射の関係だとは思うが「ウグヌゥ」と人の叫びのように聞こえることもある。
 潰れた姿も面白い。潰れた音も面白い。社宅のザクロは酸味ばかりで食べてもおいしくない。そのため、ほとんどの実が壁にぶつけられることで消費されていた。
 ザクロの木のおかげかは分からないが、社宅にはセミも多かった。
 夏休みになるとザクロの木の根本は穴だらけになり、夜になると次から次へとアブラゼミの幼虫が這い出てくる。ときおりクマゼミも出てくるが、この地区では珍しく、子供たちにとってはお宝だった。
 セミの幼虫も、子供たちの恰好の遊び相手になった。蝉の幼虫をTシャツにつけて、そのまま羽化させたこともある。
 そんな社宅での、ある夏休みのことだ。
 ぼくは夏休みの自由研究で天文観察をすることにした。星空に興味はなかったが、社宅の裏庭とはいえ夜中に外出できるのが楽しくて、毎日のように観察を続けていた。もっとも、星空よりセミの幼虫の観察時間の方がずっと長かったわけだが。
 ある日、ぼくはいつもより遅い時間に裏庭に出た。
 昼間にみんなでプールに行き、疲れて中途半端な時間に寝てしまったので、たまたま深夜に目覚めたのだ。
 日付は変わろうとしている。両親も冷房の効いた部屋で安らかな寝息をたてている。
 ぼくは少しの罪悪感を覚えながら、そっと裏庭に出た。
 時間が遅かったので、いつもより少し夜空の配置が変わっている。だが、それだけだ。
 ぼくは星空の配置をメモに取ると、すぐにセミの幼虫の観察にとりかかった。時間帯が違うからか、幼虫の数がいつもより多い。
 地中からゾロゾロと這い出てきた幼虫は、強靭な前足でザクロの木を登っていく。
 幼虫たちは脱皮に適した場所を見つけると、前足を木肌に食い込ませて体を固定し、背伸びをするようにして、背中から古い皮を突き破る。
 脱皮したばかりの幼虫は透き通るような白さで、まるでクリオネラのように美しい。
 幼虫を数えようと思ってザクロ木のの裏側に回ると、そこに奇妙な肌色の物体が木肌を這っているのを発見した。
 その生物は5センチほどの円筒形で、先端には爪が生えている。まるで指だ。地面を見ると、まるで死人が地上に出ようともがいているかのように、穴という穴から指がはみ出ている。
 あり得ない光景に、ぼくの体は金縛りにあったように動けなくなった。
 地中から這い上がってきた指が、硬直したぼくの足にまとわりつく。指はそのままズボンの中に侵入し、ぬめっとした感触とともにへその脇を抜け、首筋を越え、ついに顔までたどりつく。
 まるで、脱皮する場所を探すセミの幼虫のように。
 指の動きは止まらない。ほほを伝い、唇を乗り越えると、ついに口の中まで到達した。
「ガリ」
 ぼくが指をかむと、急に金縛りが解けた。
 口の中に、強い酸味とほのかな甘みが広がる。ザクロの味だ。堅い異物をはき出すと、それは種だった。
 目の前のザクロの木に、ひとつだけ鮮やかに赤く染まったザクロの実がぶらさがっている。
 旬にはまだ早い。それでも、ぼくは無性に手に取りたくなり、もぎって食べてみた。異臭とともに腐ったソーセージの味がする。ザクロの身が「ウグヌゥ」と叫んだ。中身を吐き出すと、果肉の中に白い骨と髪の毛が混じっている。
 ぼくは慌てて逃げ出した。
 それからしばらくして、ザクロの木は伐採されることになった。老木となり、台風のときに倒れる恐れがあるというのが、大人たちが唱えた理由だった。
 だが、本当はどうだったのだろうか。
 伐採前に神主がお祓いをしている。大人たちが神妙に頭を下げている。
 その様子を眺めながら、ぼくはザクロの木の回りにある穴を埋め続けた。

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第81期名人戦第4局(渡辺明名人VS藤井聡太竜王) [将棋]

渡辺名人の1勝2敗で迎えた第4局です。

〔中継サイト〕
http://www.meijinsen.jp/

ネットに面白い書き込みがありました。

藤井6級 49日 → 藤井5級 176日 → 藤井4級 29日 → 藤井3級 104日 → 藤井2級 202日 → 藤井1級 77日 → 藤井初段 252日 → 藤井二段 233日 → 藤井三段 349日 → 藤井四段 488日 → 藤井五段 16日 → 藤井六段 90日 → 藤井七段 790日 → 藤井棋聖 35日 → 藤井二冠 389日 → 藤井三冠 61日 → 藤井四冠 91日 → 藤井五冠400日 → 藤井六冠

これを見ると、藤井竜王は奨励会入会から凄い勢いで進化しているのが分かります。
いまのところ一番長い肩書は藤井七段790日で、藤井六段になってから初タイトル挑戦までの期間です。
次が藤井四段の488日、その次が藤井五冠400日です。藤井六冠になったのが令和5年3月19日ですから、まだ2カ月前です。
タイトル防衛を続けるのも大変なはずですが、藤井竜王は一度もタイトルを奪われることなく、着実にタイトル数を増やし続けています。それが当然と思わせるだけの異次元の勝ちっぷりです。
王座戦本戦トーナメントも1回戦を突破したので、年度内に八冠達成という可能性も残しています。
さあ藤井竜王は本局に勝利して、藤井七冠という称号に近づくことができたでしょうか!

〔棋譜〕※棋譜は徹底解説!将棋の定跡さんより。
https://www.youtube.com/watch?v=fd0Pb9JmA30

ということで、将棋です。
最近の流行は後手雁木です。これは新型の角換わり同型が先手必勝という解析結果が出たのが大きいのかもしれません。
同型を避けるか、それか研究から外れそうな手を探すかですが、それより後手角換わりを避けるのが無難という認識なのかもしれません。
対する藤井竜王は、対雁木で最有力と見られている早繰銀で対抗します。もちろんお互いに研究しているところでしょう。
渡辺名人は居玉のまま桂跳ねから先手陣に攻めかかります。銀が参加していないのでいかにも細いですが、細い攻めをつなぐのが渡辺名人の得意な形でもあります。
評価値が大きく動いたのは、38手目の8八歩でした。角で取れば当たりが強くなる仕組みですが、藤井竜王の封じ手は強く同桂でした。
いかにも先手玉は危なそうに見えますが、後手も攻め駒不足であり、香車を取り切った時点で先手の攻めは息切れ模様です。
渡辺名人は切り札である4五歩突きから角飛車交換をして、銀桂両取りに飛車を打ち下ろします。
ですが、対する藤井竜王の7五角打ちがあまりに厳しく、中盤から終盤の入口とも言える局面で渡辺名人は投了しました。手数69手で、藤井竜王は持ち時間を2時間以上、渡辺名人は1時間22分も残しています。
衝撃的な終局でした。

これで藤井竜王は最年少名人まであと1勝と迫りました。
名人戦第5局は、長野県上高井郡高山村 山田温泉「緑霞山宿 藤井荘」で行われます!
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第5期大成建設杯清麗戦挑戦者決定戦(西山朋佳女流三冠VS加藤桃子女流三段) [将棋]

なんだかんだと、四強が勝ち上がってきました。

〔主催者中継サイト〕
http://live.shogi.or.jp/seirei/

女流棋士の棋力底上げが進んでいます。
四強と言われていますが、挑戦者決定戦に勝ち上がってきた両者とも準決勝では苦戦しています。
加藤女流三段は鈴木環那女流三段相手に劣勢ながらプレッシャーをかけ続け、怯んだ隙をついて一気に逆転しました。
西山女流三冠の相手は甲斐智美女流五段で、こちらも劣勢からごちゃごちゃとした戦いで逆転したものの、その後も何度も形勢行ったり来たりする激戦の末の勝利です。
二人とも楽に勝ち上がっているわけではありません。
それだけ女流棋士の底上げが激しいのですが、それでも勝ち上がってくるのはさすがです。
加藤女流三段は昨年のリベンジマッチを、西山朋佳女流三冠は初の挑戦を目指します。
さあ女流棋界を代表する両者の戦いの結末は、どうなったでしょうか!

〔棋譜〕
http://live.shogi.or.jp/seirei/kifu/5/seirei202305220101.html

ということで、将棋です。
先手西山女流三冠のゴキゲン中飛車に対して、加藤女流三段は超速で対抗します。
里見女流四冠と何度も対戦してきた加藤女流三段ですから、通いなれた道かと思います。
ところが、先手の穴熊をけん制する早めの7三桂跳ねを咎めるべく先手から動かれ、気が付いたらと金を2枚作られてかなり苦しい形勢になってしまいます。
先手からの角覗きに対して、堅く7三歩と蓋をすれば互角だったようですが、いかにも指しにくいです。
加藤女流三段も紛れをもとめて攻め合いにでますが、73手目の5五歩が歩1枚で後手の竜と馬の効きを限定させる焦点の歩で、これで粘るのが難しくなったのかなと思います。
やむを得ない5五同竜に対して、西山女流三冠はよどみなく攻めていきます。
85手目からは即詰みのコースに入り、95手まで加藤女流三段が投了。
これで西山女流三冠が清麗初挑権をを決めました。

第5期大成建設杯清麗戦第1局は、7月12日(水)に東京都千代田区「ホテルニューオータニ」で第1局が行われます!
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