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【SS】齊藤想『彷徨う公園』 [自作ショートショート]

Yomeba!第19回ショートショート募集に応募した作品その2です。
テーマは「ゲーム」でした。

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『彷徨う公園』 齊藤 想

 この公園は、カタツムリのようにゆっくりと動く。子供たちの間で、どちら側に動くのかを予想するゲームのネタになっているぐらいだ。
「これ以上、ぼくの家に寄られたら困るなあ」
 そうぼやくのはタカシだ。なにせ自宅が公園にすり寄られ、いまや駐車場が浸食されている。そのおかげでタカシのお父さんは車を諦め、原付バイクでの通勤を余儀なくされている。そろそろ公園が回れ右をしてくれないと、家が飲み込まれてしまうかもしれない。
「もうすぐ公園デビューできるじゃん」
 そう茶化すのは、ヒロユキだ。
「縁起でもないこと言わないでくれよ。お母さんは”家のローンがまだ二十五年も残っているのに”と、毎日ため息をついて家の中はお通夜状態だし、最後は神頼みしかないと二人でお百度詣りに駆けずり回るし、おれのことなんて完全にほったらかしだし」
「神頼みで助かるなら、だれも苦労しないって。まさに、溺れる者はワラをも、というヤツだな」
「タカシは他人事だからそう言えるけど、うちはシャレになってないから」
「そうムキになるなって。いざとなったら、タカシぐらいウチに泊められるから」
「ヒロユキの家なんて、こっちからお断りだ!」
 学校帰り、タカシとヒロユキは公園に立ち寄った。タカシはほっとした。少しだけ公園がタカシの家から遠ざかっている。タカシの家の庭はわずかに広くなり、いまなら軽自動車なら止められそうだ。両親も喜ぶだろう。
 ヒロユキがつまらなそうに、舌打ちをする。
「いやあ、残念だなあ。あの毛虫の巣窟のような木がタカシの部屋にめり込み、家の中で毛虫軍団と格闘することを期待していたのに」
「友人として、喜ぶところじゃないのかよ」
「ブランコが食い込んだら、ブランコを独り占めできるぜ」
「こっちから願い下げだ」
「滑り台が入り込んだら……」
「もういいから。なんで、素直に喜んでくれないんだよ」
「そんなもん、喜べねえからに決まっているじゃないか。あの家を見てみろよ」
 ヒロユキは公園の反対側にある古い家を指した。そこには老夫婦が住んでいる。老夫婦は窓ガラス越しに近づく公園を見て、不安そうな表情を浮かべている。
「さっきから話を聞いているとなあ、タカシは自分だけ助かれば良いという気持ちがミエミエなんだよ。あの老夫婦がかわいそうに思わないのかよ。ここは公園様にぜひともウチの家を飲み込んでくれとお願いをしてだな……」
「バカなこと言うよな。オレが路頭に迷ってもいいと思うのかよ」
「あの老夫婦がホームレスになるよりなるよりマシだろうが」
「そう思うなら、ヒロユキがあの老夫婦を助けろよ。我が家にはそんな余裕はないから」
「タカシは相変わらず鈍いし頭が固いなあ。オレが言いたのは、この公園を動かないように固定すればいじゃないか。そうすれば一件落着。みんなハッピー。そう思わないか」
 タカシは呆れた。あまりに荒唐無稽すぎる。ヒロユキは楽観的というか、なんというか。
「バカなことをいうなよ。大人たちがたくさんやってきて、いろいろ試して、調査して、その上で原因不明で諦めた公園だぜ。子供たちだけで、できるわけないだろ」
「最初から決めつけるなよ」
 ヒロユキの声が急に大きくなった。
「やれることは、試すんだよ。ゲームだって、いろいろと試すと、思わぬ発見があるじゃないか。フォートナイトで天井をすり抜けられたり、マリオカートでコース外を突っきれたり、ファミスタでフェンスに穴が開いていたり」
「それはゲームのバグだ。それに最後の例えがマニアックすぎる」
「例えの話はどうでもいい。とにかく、オレは戦う前から尻尾を巻いて逃げ出すのが大っ嫌いなんだよ」
 そういうと、ヒロシはランドセルから犬用の首輪とロープを持ってきた。それを近くの電柱に括り付けた。次にスコップで穴を掘り始めて棒を突き刺した。この棒で公園を固定するつもりらしいが、こんな程度で公園の動きが止められわけがない。
「ほら、お前も手伝えって。あの老夫婦が可哀そうに思わないのか」
 タカシのためにじゃないのかよ、とぼやきながらタカシは自宅からシャベルを持ってきた。公園の赤土に突き刺し、足に力を込める。
「試しに公園の外側をぐるりと掘ってみないか」
「なんで?」
「もし、掘られたことで公園が痛みを感じるなら、縮こまって小さくなるかもしれない。そのまま消滅したりして」
「そんなバカな」
「上手くいかなかったら、また別の手段を試せばいい。これはゲームなんだ。何度もトライ&エラーをくり返して、少しづつ上達して、最後にはゴールにたどり着く。努力は必ず報われる」
「ゲームならそうかもしれないけど」
「現実世界だって、同じだよ」
 そうかもしれない、とタカシは思った。少なくとも、神頼みよりは前向きな気がする。
「首輪と杭作戦が失敗したらどうするよ」
「それは、そのとき考えればいいさ。次は公園が生きていると仮定して、殺虫剤でも撒いてみるか」
「そんなんで効くかなあ」
「殺虫剤でダメなら農薬だ。農薬でもダメなら、煮えたぎった油だ。穴を掘って、公園の奥の奥に注ぎ込み、こいつの息の根を止めてやるんだ」
 ヒロユキは汗を流しながら、一心不乱にスコップを公園に突き刺す。噂では、ヒロシの家も公園に踏み潰されたという。それでやむなくこの町に引っ越してきたらしい。だから、この公園のことを骨の髄から恨んでいるのだろう。
「いつか、こいつを倒してやる。こんなヤツに負けてたまるか」
 ヒロユキは狂ったように、掘った穴に棒を差し込む。
 そうだな、と答えながらタカシは思った。ゲームなら必ず正解がある。どんな強敵にも弱点があり、正しい手順を踏み、弱点を突けば倒せる。だが、リアル世界に正解があるとは限らない。むしろ、正解がある問題こそ珍しい。きっと、何をやっても、この公園は止まらない。
 それでも、ぼくたちは希望を失ってはならないのだろう。現実というゲームにも、必ず正解があると信じて。

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