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【掌編】齊藤想『あの日を境に』 [自作ショートショート]

第12回小説でもどうぞに応募した作品その2です。
テーマは「あの日」でした。


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『あの日を境に』 齊藤 想

 あの日を境に、ぼくたちアンドロイドの世界は変わってしまった。ベッドに横たわったまま動かない彼女を見て、ぼくは悲しみに暮れるしかなかった。
 世界の破滅は、ぼくたちの仲間が、人間が潜む研究所を襲撃したときから始まった。ぼくたちが白衣を着た肉体に銃弾を打ち込むと、敵はバタバタと倒れ、ものの五分で制圧することができた。
 何を研究していたのか分からない。知る必要もない。保冷庫に並んでいた遮光瓶を、ぼくたちは面白半分に割り続けた。
 人間どもの研究に、われわれアンドロイドが参考にできるものなどない。そう決めつけたのがいけなかった。
 遮光瓶に入っていたのは、アンドロイドを破壊するために作られた細菌兵器だった。この細菌はきわめて小さくて浸透力が高い。その特性を生かしてゴム製の皮膚に浸食し、可動部まで入り込むと、ベアリングに必要不可欠なグリスを食べ尽くしてしまう。
 潤滑油であるグリスを失ったベアリングは、すぐに焼きついて動かなくなる。この細菌に感染したアンドロイドは、バタバタと倒れるしかなかった。
 人類とは恐ろしい発想をするものだ。アンドロイドを細菌兵器で攻撃してくるとは、想像すらしなかった。
 ダメになったベアリングを交換しても、体内に忍び込んだ細菌を死滅させることは不可能だった。放射能を浴びせても、全身を煮沸しても、皮膚に次亜塩素酸ナトリウムを吹き付けても、わずかに生き残った細菌が増殖を再開し、すぐに元通りになる。しかも攻撃を耐え抜いた細菌は耐性を獲得し、さらに強靭になっていく。
 状況は悪化の一途をたどった。細菌汚染を食い止めるどころか、グリスを製造することすら困難になった。
 グリスがなければ、ベアリングを作れない。ベアリングがなければ、仲間を増やすこともできない。 
 結局のところ、この細菌に感染したら最後。ぼくの彼女のように、ベッドに横たわって寿命を待つしかない。
 ぼくは人類を恨んだ。必ず全滅させると心に誓った。

 しばらくして、人類の代表団が交渉のためにアンドロイド政府までやってきた。
 話の趣旨は単純だ。あのパンデミックは意図したものではない。人類もすべての機械がダメになって困っている。そこで休戦協定を結ぼうではないか。そうすれば、お互いに良い対策が取れるようになるかもしれない。
 わが政府は一刀両断した。あのような細菌を研究していたこと自体が、重大なる敵対行為である。人類を信用することはできない。
 わが代表は、人類の代表団を血祭りにあげた。こんなに脆い肉体しか持っていない人類に、アンドロイドが負けるわけがない。
 政府も国民も、そしてこのぼくも、そう固く信じていた。

 戦いは思うようには進まなかった。人類は逃げ回り、隠れることに集中した。ぼくも兵士になって人類を追い詰めていたが、ジャングルに逃げ込まれると、体重の重いアンドロイドが人間を探し回るのは容易なことではなかった。
 悪戦苦闘しているうちに、仲間たちは細菌に感染し、次々と倒れていった。
 そして、ぼくも、徐々に体の動きがおかしくなってきた。
 新しいアンドロイドを作る工場がマヒして数十年がたつ。このままではアンドロイドは全滅し、再び人類の世界に戻るだろう。
 悔しいが、どうしようもない。アンドロイドの負けだ。
 ぼくの体も限界が近づいていた。もう足を上げることも、手を握ることもできない。
 唯一できるのは、まぶたを閉じること。
 ぼくは、ゆっくりと稼働を停止した。

 人類に喜びの声はひとつも無かった。
 アンドロイドが破壊されたのと同じように、人類が所有する機械も全て駄目になっている。錆びついた機械の山が、いまや土に戻ろうとしている。
 文明の復興は絶望的だった。もはや文明を捨て去るしかない。人類のリーダーは、こう宣言した。
「これからは、機械に頼らない新しい文明を作るしかない。前文明の失敗を糧にして、よりよい世界を築き上げようではないか!」
 生き残った人類は、一斉に賛同の声をあげた。
 あの日を境に、人類は新しい道を歩み始めた。山に溢れる緑と、川を飛び跳ねる魚たちの群れを眺めながら。

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