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【SS】齊藤想『人工冬眠の刑』 [自作ショートショート]

第18回坊ちゃん文学賞に応募した作品その2です。

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『人工冬眠の刑』 齊藤想

 好き放題やりすぎた。
 仲間たちをあつめて強盗に人殺し。奪った金で豪遊し、金が尽きると詐欺なりヤクなり犯罪と呼ばれるものは何でも手を染めた。
 被害者たちは弱者かアホだ。だから騙されるし、食い物にされるし、殺されるのだ。彼らが絶望する顔をみるのは、たまらなく楽しい。
 だが、治安が乱れたこの世でも、さすがに公権力の逆鱗に触れたらしい。
 機動隊が出動し、アジトは三重にも包囲され、ついにおれたちもお縄というわけだ。
 本当の悪人は国会の中にいるのにな、とおれはぼやいた。あいつらへの上納金は、いざとなったら何の役にもたたねえ。おれらのことなど、知らぬ存ぜぬだ。まるで狸のばかしあいだ。
 裁判は粛々と進んだ。どうせ死刑だ。仲間たちと仲良くあの世に送ってくれ。誰かがつけてくれたガマガエルのような弁護士は何かわめいているが、真剣に極刑を回避するつもりはなく、国会の中にいる悪人どもから口封じのために送り込まれただけだろう。
 はいはい、分かっています。いままでお世話になりました。余計なことは言いません。
 そう思って退屈な裁判を聞き流していたら、死神のような黒服を着た判事が立ち上がり、木槌で台をたたいた。
「主文。被告人たちを、百年の冬眠刑に処す」
「冬眠刑?」
 聞いたことがない刑罰だ。脂ぎった弁護士は「良かったですね」と、おれと仲間たちの手を取って喜んだ。
 こいつが喜ぶということは、何かよからぬことがあるのだろう。胸ぐらをつかんで問い詰めると、いやいや、と弁護士は首を横に振った。
「最近法律が変わりましてね。冬眠刑というのは、懲役や禁固に代わる新しい刑罰です。受刑期間は長期間になりますが、冬眠しているだけなので、あっというまですよ。寝て起きて、それで刑期は終了です」
「そんなにうまい話があるのか」
「それがあるのです」
 おれから開放された弁護士は、ほっと胸をなでおろしている。
 そうか、とおれは理解した。政治家にとって悪事をバラされると困る。死刑になれば、自暴自棄になって秘密をバラされる恐れがある。懲役や禁固もいつ心変わりされるかわからない。
 その点、冬眠刑なら安心だ。おまけに百年後にはだれもこの世にはいないので、知らぬ存ぜぬというわけか。おまけに刑期だけは長いので、被害者を納得させるだけの重罪感もある。
「うまいこと考えたなあ」
 おれは心から弁護士のことを褒めた。

 冬眠の日がきた。おれと仲間たちはずらりと並べられて、カプセルに入れられた。
 眠るだけとはいっても、栄養補給は必要だ。様々なチューブを体に繋げられた。これで必要最低限の栄養が補給されるらしい。
 百歳も歳をとるのかと言われれば、そうではないらしい。冬眠中は代謝が四%まで落ちるため、ざっくりいえば二十五分の一、つまり百年たっても肉体的には四歳しか歳をとらないとのことだ。
 弁護士はカプセルの向こう側から、それではごゆっくり、と言いながら手を振った。こいつは最後まで口封じの役目を果たしたわけか。
 おれは目を閉じた。もうこいつらには会うことはない。間抜けな被害者たちも、腹にいちもつを抱えた弁護士も、何を考えているのかわからない判事も、そして、あの醜悪な政治家たちも。
「それじゃあ、未来で」
 おれは、お別れの軽口をたたいた。

 百年がたったらしい。
 カプセルの蓋が開いた。刑期中、この施設にはだれもこなかったらしく、床にはうっすらと埃がつもり、その上にネズミと思われる小動物の足跡がついている。
 開いたばかりのカプセルには、まだ明かりがついている。この状態でよく稼働していたものだと感心する。
 時を同じくして、次々と仲間たちが冬眠から目覚める。
「なんだこれは」
「おい、どうなっているんだ。蜘蛛の巣だらけじゃねえか」
 あまりに寒々しい施設内の様子に、仲間たちが驚きの声を上げる。
「騒いでもしょうがないだろ。百年たっているのだから」
おれは眠りすぎて痛む腰をさすりながら、施設の扉を開けた。実質的には四年分とはいえ、間違いなく歳は取っている。
 町に出たら、また仲間たちと犯罪を再開しよう。隙だらけの家から金を盗み、弱い人間から金を脅し取り、間抜けを見つけたら口先三寸で金を巻き上げ、お目こぼしにあずかるために政治家たちに金をばらまき、残った金で豪遊だ。
 まだまだ体は動く。何も変わっていない。
 そう思いながら正面の扉を開けて、おれは愕然とした。
 目の前には一面の海が広がっている。
 おれたちが暴れまわった繁華街も、スポーツ―カーを爆走させた高速道路も、ましてやアジトとなるような倉庫も空家もない。そもそも人がいない。完全な陸の孤島だった。
 常夏のような生暖かい風が吹いた。空には抜けるような青空が広がっている。
 仲間たちが騒ぎ始めた。
「いったい、ここはどこだ」
「南の島に捨てられたんじゃねえか」
「あの弁護士に一杯食わされた!」
 おれは大海原を見渡した。まるで子供の遊具のように、ところどころ、海面から四角いコンクリート塊が突き出ている。
 仲間のうちのひとりが叫んだ。
「おい、あれビルの先端じゃないか」
「もしかして東京は水没したのか?」
「まるで、アトランティス大陸に取り残された最後の人類みたいじゃないか」
 おれは状況を理解した。あの弁護士は知っていたのだ。百年たったらどのような世界になっているのか。極悪人には、百年後の地獄をたんまりと味わわせるつもりだったのだ。
 施設の前には、石板が置かれていた。そこに文字が刻まれている。
「百年後の未来にようこそ! 地球温暖化で気候も最高! 海面上昇でマリンスポーツもやりたい放題! 希望に溢れた新しい世界を、たんまりと楽しんでくれたまえ」
 あの弁護士は政治家に雇われたのではない。送り込んできたのは被害者たちだ。被害者は、最悪の刑罰をということで、あえて冬眠刑にしたのだ。
 人間に絶望を与えることがどんなに罪深いことか、初めて理解できた。あまりに遅すぎたかもしれないが。
 目の前で茂っているヤシの葉がゆれた。
 人間社会に戻れる可能性は、万に一つもない。

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第5回ABEMAトーナメント【予選Aリーグ】 [将棋]


第5回ABEMAトーナメントがAリーグからスタートです。

〔主催者HP〕
https://abema.tv/video/title/288-32

【Aリーグ】
○チーム永瀬(永瀬拓矢王座・増田康宏六段・斎藤明日斗五段)
 チーム羽生(羽生善治九段・中村太地七段・佐藤紳哉七段)
 チーム三浦(三浦弘行九段・伊藤匠五段・池永天志五段)

初戦はチーム永瀬とチーム羽生。
中村太地七段が2勝1敗、羽生善治九段が永瀬拓矢王座相手に1勝1敗と健闘したものの、佐藤紳哉七段が3連敗してトータル3-5でチーム羽生の敗戦。
佐藤紳七段は昨年も0勝5敗なので、これで8連敗です。早く初日が欲しいところです。
第2戦はチーム永瀬とチーム三浦。
初戦で斎藤五段が横歩取りの常識に挑む研究手で相手リーダー三浦九段の時間を削り、快勝して流れに乗った感じがありました。
チーム永瀬は5-2と快勝して決勝トーナメント進出一番乗りです。
第3戦は決勝トーナメント進出をかけた勝負です。
チーム羽生は先鋒に佐藤紳七段を投入し、嬉しいabema初勝利を挙げます。
しかし、その後は2敗とまたもや苦いトーナメントとなってしまいました。特に三浦弘行九段戦は必敗形から混戦に持ち込んだだけに、惜しかったと思います。
結果は最終戦までもつれ込みますが、チーム三浦5-4チーム羽生でチーム三浦の勝利。
池永五段が苦しみながらも終盤の逆転で羽生九段を連破したのが大きかったです。
これで決勝トーナメント進出は、チーム永瀬とチーム三浦となりました。

次週からは予選Bリーグが始まります!
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