【SS】齊藤想『劇場型感染症』 [自作ショートショート]
Yomeba! のショートショートコーナー第15回に応募した作品です。
テーマは「劇場」です。
―――――
『劇場型感染症』 齊藤 想
感染症対策は万全のはずだった。
外出前には二人して検温してマスク着用。映画館の入口ではアルコール消毒。左隣の座席はひとつ空けて……右隣は交際したての彼女だからもちろん並んで……と、とにかく人込みは避け続けた。
食事もテラス席で、会話も控えめ。アルコールは厳禁。もちろん彼女も感染症対策に協力してくれた。
「楽しいデートにしたいからね」
と嬉しいことを言ってくれる。
ここまで感染症に備えたのに、デートから帰ってきたら頭が重い。悪感がして発熱もする。
翌朝、仕方なく仕事を休んで昔から良く知る町医者で診察を受けることにした。
受付に座る豪快なおばさんから、いつものようにからかわれる。
「若いのに、何してんのよ。病気になったらだめじゃないの」
子供のころから知っているだけに容赦がない。いまにも背中をはたかれそうだ。
「おれみたいのがいるから、ここの経営が成り立つんだろ。感謝してくれよな」
「それもそうね」
おばさんはケタケタと笑った。
院長は初老の男性だ。受付のおばさんとは違い、いつもむっつりとしている。
院長はおれの胸に聴診器をあてながら、露骨に眉をしかめた。
「あれだけテレビで騒がれているのに、不用意に外出するとは、いまの若者は困ったものじゃな。まずは先日の行動を詳細に説明してくれたまえ」
院長はいらだった様子で、ボールペンの先でカルテをつつく。
そこまで悪態をつかなくてもと思いつつ、おれは仕方なく昨日の行動を説明した。もちろん感染症対策はバッチリであることも強調した。
説明を聞き終えた院長は、手にしていたボールペンを手の甲で回した。
「ところで映画のタイトルは」
「は?」
「だから、彼女とイチャイチャしながら見た映画のタイトルは何だと聞いておる。内容、主演俳優、それから彼女と観客の反応まで全てじゃ」
「それが診察と何の関係が」
「あるから聞いておる。いいから質問に答えなさい」
釈然としない思いを抱えながら、仕方なく映画のタイトル、主演俳優、ストーリー、さらには観客と彼女の反応まで説明した。内容は大人気の男性アイドルが出演するラブコメで、もちろん彼女は大喜びだ。
院長は大きく首を縦に振る。そして、重々しく口を開いた。
「これは間違いない。貴殿は新型劇場型感染症に感染しておる」
「劇症型ですか?」
「劇症ではなく劇場型じゃ。しかも新型である。これは映画やテレビの画面を通じて感染する新型の感染症で、特に彼女と一緒に映画館に入るとイチコロなのじゃ。しかも貴殿が見たラブコメは最も感染力が高く、医者の間では非常に恐れられておる」
いつになく院長が真剣な表情をしている。
「昔から初デートは映画と決まっているじゃろ。これは、実は劇場型感染症にかかることが目的なのじゃ。昔の人は風流にも”恋の病”とか呼んでいたが、新型劇場型感染症はそんな生易しいものではない。場合によっては不治の病にもなりうる」
医者は映画雑誌を机の上に置いた。付箋が貼ってあるページを開くと、そこにはおれと彼女が見た映画が紹介されていた。
「最近の若者は、女子はコイバナに話を咲かせ、男子は女子の尻ばかり追いかけとる。嘆かわしことに、いまや日本人は全員恋愛中毒じゃ。見てご覧なさい。映画もドラマも漫画も小説も、どこかに恋愛要素が潜んでおる。ハードボイルドやミステリですら、恋愛物と見間違うほどじゃ」
自分は最近見た映画を何本か思い浮かべた。確かに恋愛要素が入っている。
「しかもこの感染症は、画面からだけではなく、人から人にも感染してしまうのじゃ。貴殿も自覚して欲しいものだな。貴殿の不注意により、たったいま、この私も新型劇場型感染症に感染してしまったではないか」
院長は、まるで誰かに聞かせたいかのように大声で話してくる。
いままで我慢を重ねてきたが、さすがにバカバカしくなってきた。
「そんなまどろっこしいことせずに、直接言えばいいじゃないですけ。ぼくと一緒に映画を見に行きませんかって。だいたい、そんなんだから、頭が禿げ上がる年齢になっても独身なんでしょ。そんなヨタ話はともかく、おれの病気は何ですか」
院長は少し困ったような表情をした。
「少し調子が悪いだけで病気というほどではない。あえて診察するとしたら、正真正銘の恋の病というところじゃな」
少しの間があった。
「私と一緒で」
受付から、おばさんの明るい笑い声が聞こえてきた。
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『劇場型感染症』 齊藤 想
感染症対策は万全のはずだった。
外出前には二人して検温してマスク着用。映画館の入口ではアルコール消毒。左隣の座席はひとつ空けて……右隣は交際したての彼女だからもちろん並んで……と、とにかく人込みは避け続けた。
食事もテラス席で、会話も控えめ。アルコールは厳禁。もちろん彼女も感染症対策に協力してくれた。
「楽しいデートにしたいからね」
と嬉しいことを言ってくれる。
ここまで感染症に備えたのに、デートから帰ってきたら頭が重い。悪感がして発熱もする。
翌朝、仕方なく仕事を休んで昔から良く知る町医者で診察を受けることにした。
受付に座る豪快なおばさんから、いつものようにからかわれる。
「若いのに、何してんのよ。病気になったらだめじゃないの」
子供のころから知っているだけに容赦がない。いまにも背中をはたかれそうだ。
「おれみたいのがいるから、ここの経営が成り立つんだろ。感謝してくれよな」
「それもそうね」
おばさんはケタケタと笑った。
院長は初老の男性だ。受付のおばさんとは違い、いつもむっつりとしている。
院長はおれの胸に聴診器をあてながら、露骨に眉をしかめた。
「あれだけテレビで騒がれているのに、不用意に外出するとは、いまの若者は困ったものじゃな。まずは先日の行動を詳細に説明してくれたまえ」
院長はいらだった様子で、ボールペンの先でカルテをつつく。
そこまで悪態をつかなくてもと思いつつ、おれは仕方なく昨日の行動を説明した。もちろん感染症対策はバッチリであることも強調した。
説明を聞き終えた院長は、手にしていたボールペンを手の甲で回した。
「ところで映画のタイトルは」
「は?」
「だから、彼女とイチャイチャしながら見た映画のタイトルは何だと聞いておる。内容、主演俳優、それから彼女と観客の反応まで全てじゃ」
「それが診察と何の関係が」
「あるから聞いておる。いいから質問に答えなさい」
釈然としない思いを抱えながら、仕方なく映画のタイトル、主演俳優、ストーリー、さらには観客と彼女の反応まで説明した。内容は大人気の男性アイドルが出演するラブコメで、もちろん彼女は大喜びだ。
院長は大きく首を縦に振る。そして、重々しく口を開いた。
「これは間違いない。貴殿は新型劇場型感染症に感染しておる」
「劇症型ですか?」
「劇症ではなく劇場型じゃ。しかも新型である。これは映画やテレビの画面を通じて感染する新型の感染症で、特に彼女と一緒に映画館に入るとイチコロなのじゃ。しかも貴殿が見たラブコメは最も感染力が高く、医者の間では非常に恐れられておる」
いつになく院長が真剣な表情をしている。
「昔から初デートは映画と決まっているじゃろ。これは、実は劇場型感染症にかかることが目的なのじゃ。昔の人は風流にも”恋の病”とか呼んでいたが、新型劇場型感染症はそんな生易しいものではない。場合によっては不治の病にもなりうる」
医者は映画雑誌を机の上に置いた。付箋が貼ってあるページを開くと、そこにはおれと彼女が見た映画が紹介されていた。
「最近の若者は、女子はコイバナに話を咲かせ、男子は女子の尻ばかり追いかけとる。嘆かわしことに、いまや日本人は全員恋愛中毒じゃ。見てご覧なさい。映画もドラマも漫画も小説も、どこかに恋愛要素が潜んでおる。ハードボイルドやミステリですら、恋愛物と見間違うほどじゃ」
自分は最近見た映画を何本か思い浮かべた。確かに恋愛要素が入っている。
「しかもこの感染症は、画面からだけではなく、人から人にも感染してしまうのじゃ。貴殿も自覚して欲しいものだな。貴殿の不注意により、たったいま、この私も新型劇場型感染症に感染してしまったではないか」
院長は、まるで誰かに聞かせたいかのように大声で話してくる。
いままで我慢を重ねてきたが、さすがにバカバカしくなってきた。
「そんなまどろっこしいことせずに、直接言えばいいじゃないですけ。ぼくと一緒に映画を見に行きませんかって。だいたい、そんなんだから、頭が禿げ上がる年齢になっても独身なんでしょ。そんなヨタ話はともかく、おれの病気は何ですか」
院長は少し困ったような表情をした。
「少し調子が悪いだけで病気というほどではない。あえて診察するとしたら、正真正銘の恋の病というところじゃな」
少しの間があった。
「私と一緒で」
受付から、おばさんの明るい笑い声が聞こえてきた。
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