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第59期王座戦第1局(永瀬拓矢王座VS木村一基九段) [将棋]

木村一基九段が1年ぶりにタイトル戦に戻ってきました。

〔主催者HP〕
http://live.shogi.or.jp/ouza/

十四代名人である木村義雄が引退したのは、47歳のときでした。
将棋の指し盛りは二十代から三十代と言われます。それが46歳で初タイトル、47歳で失冠するも、48歳で再びタイトル挑戦は偉業だと思います。
木村九段の得意戦法は相掛かりで、バランスの取り方が巧みです。
こうした将棋が流行したのは最近なので、時代が木村九段の追いついた、という言い方もあるかもしれません。
挑戦を決めたインタビューではいつもの木村節で、「勉強してもすぐに忘れてしまうので」という主旨のことをひょうひょうと話していましたが、バランス型を指しこなしてきた経験というアドバンテージは大きいと思います。
さらに最近はPCを新調し、さらなる前進に意欲満々です。
さあ、前を向くベテラン48歳の挑戦は、どのような開幕を迎えたでしょうか!

〔棋譜〕
http://live.shogi.or.jp/ouza/kifu/69/ouza202109010101.html

ということで将棋です。
永瀬王座の先手で角換わり腰掛銀へと進みます。
一時期は寝ても覚めても角換わり腰掛銀という状態でしたが、研究が行き詰っているのか、最近は下火になっています。
少し懐かしい感じのする腰掛銀ですが、桂損の代償として先手は歩を伸ばす形となります。
後手の木村九段が小刻みに時間を使うのに対して、永瀬王座はほとんど時間を使いません。研究の範囲なのでしょう。
先手が初めてまとまった時間を使ったのは、なんと79手目です。
木村九段は未知の局面が続いていたと思いますが、決断良く指しているので、持ち時間は1時間44分の消費にとどめています。
1時間以上差がついていますが、健闘していると思います。
局面は中盤の捩じりあいです。
木村九段は歩を巧みに使い、なんとここから8手連続して符号に歩が並びます。
永瀬王座は入玉を含みに指しますが、ここで木村九段に鋭手が飛び出します。
盤上左隅に放たれた角のただ捨てです。
永瀬王座は20分の苦悩の末に同玉と取りましたが、玉を下段に落とされ、入玉ルートを守っていた金を抜かれて、一気に寄せ形を築かれてしまいます。
永瀬王座は一手の猶予を活かして後手玉に迫りますが、受けの名手である木村九段はがっちり受けて逆転を許しません。
そのまま128手まで木村九段が勝利して、王座奪取に向けて幸先の良い白星を奪いました。

第2局は9月15日(水)に愛知県蒲郡市「西浦温泉 旬景浪漫 銀波荘」で行われます!

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【SS】齊藤想『目玉』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房第77回に応募した作品です。
テーマは「目」です。

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『目玉』 齊藤想

 母はいつも目玉を舐めている。目玉をしゃぶる母の表情は幸せに満ちており、まるで飴玉をもらった幼児のように、口を膨らます。
 母が目玉を口に入れるようになったのは、精神を病んだ五年前のことだ。きっかけは分からない。テレビでマグロの目玉料理が紹介されていたので、美味しそうと思ったのかもしれない。
 最近は認知症も併発し、徘徊も頻繁になった。精神年齢は幼児まで退化し、隙あらば介護を続ける私の視線をかいくぐって、近所の公園や河原までいき、心ゆくまで目玉を舌の上で転がして喜んでいる。
 徘徊する母を探し出し、幼児のように喜んでいる母を見るのは、娘として辛いものがある。優しかった母、料理が上手だった母、子供と遊ぶのが上手だった母。
 私の記憶に残る母は、避けられない病気によって、いまやかつて母だった抜け殻しか残っていない。
 母が今月五度目の徘徊にでのは、ある日の夕方のことだ。妙に北風の強い日だった。
 私が目を覚ますと、室内には相応しくない寒風に頬を撫で続けていた。開けっ放しの玄関が、風に煽られて揺れている。
 昨晩の疲れからついウトウトとしてしまったらしい。その隙に、母は私の目を盗んで徘徊に出てしまったのだ。
 このまま放置したら、母はどうなるだろうか。交通事故にあうだろうか、それとも風邪を引くだろうか。いまの母なら、軽い肺炎でも命取りになりかねない。
 母がいなくなったら、どんなに楽だろう。 
 私が母を探しに出かけるのは、家族としての義務なのか、それとも母への愛情が残っているからなのだろうか。
 だんだんと自分の気持ちが分からなくなってくる。
 母の行き先は限られている。まず公園を確かめ、次に河原に向かう。すると、橋の下で口をモゴモゴと動かしている母の姿が目に入った。夕方であることが幸いして、誰にも会わなかったようだ。
 ほっとした半面、これから連れて帰る労力を思うと気が重くなる。母は散歩から帰るのを嫌がる犬のように、ぐずるのだ。
「ねえ、お母さん」
 声をかけた瞬間、砂塵が舞った。私は片目をこすりながら、母に声をかける。
「なんだいなあ」
 母は出がらしのような声を出した。私は横に座ると、幼児を相手にしているかのように優しく語りかける。
「そろそろ家に帰ろうか。暗くなっちゃったからね」
 母は私の顔を確かめると、すぐに横を向いた。オモチャを取り上げられるのを恐れているか、口を固く結ぶ。
「そんなに大好きなの」
 母は小さく首を縦に動かした。ただ、その動きはとても辛そうに見えた。
 はた目から見れば、母は異常だ。母だけでなく、この状態を受け入れている私も精神を病んでいるのかもしれない。
 私は片目を閉じた。視界から光が消える。
 世界が暗闇に包まれると、いろいろな思い出が胸を交差する。
 小学生だった私が交通事故にあい、顔面を強打したのがつい最近のように思える。母親が半狂乱状態になりながら、私のために必死になって最高の整形外科医を探し出し、手術を受けさせてくれた。
 だからこそ、私は一部を除いて大きな後遺症もなく、見た目も損なわれず、普通と変わらない少女時代を送ることができた。
 母にはとても感謝している。
 だからといって、いまの母を放置することはできない。いつ警察の厄介になるのか分からない。
 言葉が途切れると、母は泣いた。急に正気を取り戻したようだ。
「わたしだって、娘に迷惑をかけていることは分かっている。だから、これからはこれを舐める」
 私は母が握りしめているものを見た。大きなガラス玉だ。
「飲み込んだら危ないよ。それに、ずっと手で持っていたら雑菌だらけになるし」
「そんなの分かっている。だから何度も洗って、洗ってゴシゴシと」
 老母は子供のように泣き出した。老母も苦しんでいたのだ。私は小さくなった母の背中を撫でる。
「これからも目玉を舐めてもいいから、せめて私の目を盗んで外出することだけは止めて欲しいな。もし舐めたくなったら、何度でも貸してあげるから」
 母は何度も頷いた。
 私は母から目玉を受け取ると、ほっとした気持ちで、左の眼窩に義眼を押し込んだ。

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