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【SS】齊藤想『母のこだわり』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房第76回に応募した作品です。
テーマは「玄関」です。

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『母のこだわり』 齊藤想

 「玄関は家の顔」が母の持論だ。だから、玄関でその家の良し悪しが分かるという。
 おれはどこにでもあるような一軒家に母を案内した。普通に見えて、選びに選び抜いた物件だ。
 建物を一瞥した母は「ちょっと古いんじゃないの」とぼやきながら、さっそくドアに手を伸ばす。
 母は建付けの悪いドアに眉をひそめ、なかば力づくで開錠したとたんに、目に飛び込んできた玄関の乱雑さに目を覆った。投げ捨てられたサンダル、横倒しのスニーカー。履きつぶされた革靴。
 母が一番嫌うパターンだ。
「この家はダメね」
 吐き捨てるかのような母の言葉に、おれは慌てて言い訳をする。
「お母さんだって、毎日化粧するわけじゃないだろ。普段着の玄関なんて、こんなものだよ。さあさあ、入った入った」
「入るまでもないわ」
 母はいらだった様子で、玄関の壁を埋め尽くすラックを引きちぎった。
「いいこと。玄関というものは、運気の通り道なの。家運の通気口よ。人間で言えば喉と同じ。その大切な喉を、自ら塞いでどうするのよ。まるで自殺行為よ」
「そんなこと、おれに言われてもさあ」
「いいからちゃんと聞きなさい」
 はいはい、とおれは生返事をする。
「まず、玄関のわきにある猫の置物は何よ。どうせここに家の鍵やら大事なものを入れているんでしょ。不用心極まりない。家の中だからといって、安全とは限らないの」 
 母は、容赦なく猫の置物をゴミ袋の中に放りこんだ。やれやれ、おれはと思う。
「玄関を見れば、この家の安全に対する意識がわかる。安全に対する意識が分かれば、金運や家運も分かる。玄関はすべてに繋がっている。だからこそ、家の顔なの」
 母の指摘は止まらない。
「玄関の隅に埃が溜まっている。足ふきの玄関マットがない。観葉植物を飾ること自体は悪くないけど、プラスチックの植木鉢はだめ。火属性だから、運を燃やしてしまう。この家は遠からず火事になる運命ね」
 あまりのひどい言い方に、温厚なおれも、さすがに苛立ってきた。
「そこまで言うなら、もう帰れよ。この家に長居したら運気が下がるぞ」
「そんなに投げやりな態度だから、あなたはいつも間違えるの。技術を磨くだけじゃなくて、運の蓄え方を勉強しなさい」
「運なんて必要ないから」
「バカなことを言わないで。運気は努力で積み重ねられる。運があるからこそ、私たちは自由でいられるの」
「もう好きにしてくれよ」
 ふてくされたおれが玄関で足を放り出して座っていると、扉の外から小走りで近づいてくる足音が聞こえてきた。ほどなくして、呼鈴が鳴らされる。
 覗き穴から訪問者を確かめると、冴えないサラリーマンが立っていた。どうやら営業のようだ。
 面倒なので居留守を決め込もうかと思ったが、玄関の扉がわずかに空いていることに気がついた。思わず苦笑する。
 母が適当にあしらえといった様子で、首で合図してくる。
 おれは扉を開けると、寝起きの学生を装った。どうやら新聞の勧誘のようだ。冴えない中年男性が、勉強になるとか、社会人としての教養を、とか綺麗事を並べてきた。
 おれは印象に残らないように、残念ながら貧乏学生でねえというありきたりな理由で断りを入れた。新聞勧誘員はあっさりと引きさがった。
 おれの応対を見た母が「ほら、運気を蓄えた効果があったでしょ」と囁いた。
「こんなの運とか関係ないから」
 そうおれはひとりごちた。

 玄関が綺麗なわが家に戻ってきた。
 母はゴミ袋の中から、本日の成果をテーブルに並べた。冴えない時計に、安そうなノートパソコン。小物の入った猫の置物に、ほんの僅かな現金。
「お母さんの言った通りだったでしょう。あんな玄関の家には、金目のものはないの。仕事というものは、一発で大金を仕留めないと危険性のわりに効率が悪い。この仕事を続けたいなら、もう少し勉強してください」
 母はそう言って、猫の置物以外はいつもお世話になっている古物商に売却するよう指示してきた。
 おれは荷物を抱えながら、ぼやくしかなかった。
 泥棒修行の道は、果てしなく長い。

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