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【SS】齊藤想『祭りおにぎり』 [自作ショートショート]

第12回YOMEBAショートショートに応募した作品です。
テーマは「祭り」です。

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『祭りおにぎり』 齊藤 想

 今日も頭が重い。
 出社すれば上司から営業ノルマの未達を激しく責められ、土日も「本当に家でゴロゴロしているつもりじゃないだろうな」と追い立てられる。
 転職しようにも、この不況下では雇ってくれる会社はない。そもそも、あの会社が辞めさせてくれるとは思えない。
 いったい自分は何のために生きているのだろうか。
 時間になったら目覚め、スーツに着替えて駅に向かい、まるでパブロフの犬のようにキオスクでいつものサンドイッチを購入して電車にのる。職場につけば、上司や先輩に終業時刻まで小突き回される。
 ただそれだけの人生だ。遊ぶ時間も酒を飲む時間もない。ましてや、恋をする時間などもってのほかだ。
 自分はため息をつきながら、いつものキオスクの前に立つ。ところが、昨日とは雰囲気が違うことに気が付いた。
 キオスクがおにぎり屋に変わっている。
 しかも、店員として立っているのは、ねじり鉢巻に法被を着た中年男性だ。
 カウンターの内側から、威勢のよい声が聞こえてきた。
「へい、そこのお兄さん。ずいぶんと景気の悪そうな顔をしているじゃないか。ちょいと、この”祭りおにぎり”を食べていきなよ。元気がでるからさあ」
 自分は駅をぐるりと見渡した。いつも同じ七番線。オレンジ色の電車。ホームを間違えたわけではない。
「へいへい、おにぎりごときで悩んでいるんじゃないよ。お前さんがどんなに暗い顔をしようが、世界は続くし、太陽は昇る。朝になれば腹は減るし、夜になれば眠くなる」
「いや、実は不眠症で……」
「それは困ったな。そいつには、このおにぎりだ」
 店員というより”兄貴”といった感じの中年男性は、小さい粒が混じったおにぎりを渡してきた。
「こいつで不眠症などふっとばせ!」
 店員の勢いに飲まれるまま、自分はひと口かじってみた。プチプチとした触感が口内にひろがる。この食感は粟か。その粟が口の中で踊るような……これは一体なんだ?
「こいつは、阿波踊りおにぎりだ」
 粟が踊るから阿波踊り。そう気が付いた瞬間、自分の脳裏に、祭りの光景が浮かんできた。町中を練り歩く大勢の踊り子たち。踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿保なら踊らなソンソン……。
 熱気が大脳をめぐり、突風のように通り過ぎていく。
「どうだい。少しは元気がでたかい?」
 ”兄貴”は自分の目を覗き込んできた。だが、しばらくして小さく首を横に振った。
「まだまだ元気が足りないようだな。次はこいつでいってみようか」
 自分は店員から渡されるまま、二つ目のおにぎりを口にした。
 魚の香りが鼻腔を刺激する。赤身魚と白身魚が混ぜられた炊き込みご飯だ。赤身はカツオだろう。白身は鯉か? カツオといえば土佐だ。土佐に鯉とくれば、これは”よさこい祭り”なのか。
「正解だ」
 店員が満足そうにうなずくと同時に、陽気なよさいこい祭りの音楽が耳に迫ってきた。
 ジャズダンス風に編曲された軽快なメロディ-に、リズムを取り続ける鳴子たち。
 伝統的な祭りとは一線を画すこの踊りに、自分の心は突き動かされる。頭の中でたくさんの踊り子たちが踊りまくる。ダンスとダンスがぶつかり合う。自然と自分の体も動き出す。
「だいぶ元気がでてきたようだな。ダメ押しで、もうひとついってみようか」
 自分は店員から渡されるまま、新しいおにぎりを口にした。
 今度の具は鶏肉だ。だが、食べなれているもも肉や胸肉ではない。とり皮のような脂っこさがあるが、かといって皮ではなく、コロンとしたかたまりになっている。
 このおにぎりの正体が分かった。
「この具は鳥のお尻の肉、ぼんじりだ。つまり、今度のおにぎりは”だんじり祭り”だ」
「その通り。お兄さん、最高だね」
 店員は親指を突き立てながら、満面の笑みを浮かべた。
 駅のアナウンスをかき消す勢いで、勇壮な男たちがホームに流れ込んできた。彼らの掛け声に押されるように、レールの上を次から次へと山車が通り過ぎていく。見えなくなったかと思えば、今度は逆側のホームに威勢の良い掛け声が殺到してきた。
 山車の上で音頭を取る青年が、自分に向かって何か声をかけてきた。
 こっちにきなよ。
 喧騒に包まれてよく聞こえないが、そう言われた気がした。全身が高揚感で包まれる。腹の底から不思議な力が湧き上る。思わずレールに駆け下りようとして、なんとか踏みとどまる。
 男たちは立ち去った。
 久しぶりに楽しいひとときを過ごせた。
 しかし、祭りの熱気が過ぎてしまえば現実に戻される。いまの気持ちは、まさに”祭りの後”だ。
 店員がしんみりとした様子で、語りかけてくる。
「そうだよな、祭りの後は寂しいよな。だから、しめはこいつでいこうか」
 おなかが一杯だからと断ろうとしたが、最後のおにぎりには、なぜか断れない雰囲気が漂っていた。
 自分は店員から渡されたおにぎりを、申し訳程度に少しだけ齧った。
 なんだろう、この味は。ほんのりとした塩味。具はなく、このうえなくシンプルで、かつ口に入れたとたんに米粒がほぐれていく絶妙な力加減。
 自分は思い出した。その様子を見ていた店員が、満足そうに首を縦に振る。
「こいつは、お前さんのおふくろのおにぎりだ。地元の祭りのとき、みんなによく配っていたよな。素敵なお母さんじゃないか」
 意識が子供のころに戻っていく。楽しかったあのころ。何も悩みがなかった少年時代。全てを包み込んでくれたお母さん。
 お母さんは、いまも郊外の一軒家で、盆暮れの息子の帰省を楽しみにしている。
 だから、自分はこの程度でくじけてはいけない。自殺なんてもってのほかだ。
 自分が現実に戻ると、おにぎり屋は忽然と姿を消していた。目の前には、いつものキオスクがある。

「あの……いつものサンドイッチでよろしいでしょうか」
 いつもの店員が、自分に声をかけてきた。
 いままで気が付かなかったが、よく見ると店員は自分と同年配の女性だ。
 自分にどれだけ余裕がなかったのかと、思わず苦笑する。まるで、いままで目と耳をふさいで生活していたようなものだ。
 店員は、自分がいつも買う商品を覚えてくれている。たったそれだけのことで、自分は一人じゃないと実感する。それに、郊外にはお母さんが健在だ。
「ああ、それで。お願いします」
 自分は料金を払うと、いつものサンドイッチを手にして職場に向かった。
 祭りから少し元気をもらって。

 
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