【ホラー】齊藤想『ひとつ足りない』 [自作ショートショート]
TO-BE小説工房第62回に応募した作品です。
テーマは「ロッカー」です。
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『ひとつ足りない』 齊藤 想
翔馬は、先生が出席を取る人数を毎日数えていた。指を折り、ノートに正の字を並べ、ときにはボイスレコーダーで録音をすることもあった。
そこまで念入りに確かめているのに、なぜか人数が合わない。しかも増える方ではなく、減る方に。
「石上拓美君」
「ハイ」
右斜め前に座っている同級生が手を上げる。翔馬がノートに正の字を書き足した。あと一人。だが、先生の声が続かない。
自分が間違っていると信じたかった。翔馬は何度も数えなおし、指を何回も折り、計算チェックのために小二で使った九九カードまで見返した。
深いため息が机の上に広がる。
翔馬は絶望感とともに、事実を認めるしかなかった。また一人、煙のように、クラスから同級生が消えてしまったことを。
六年三組が初めて顔をそろえたとき、教室には三十五人いたはずだった。四月の体育の授業でバレーボールをしたとき、7人チームを5個作ったから確実だ。
それから半年間。転校生も転入生もなく、難病で長期欠席している仲間も、登校拒否に陥った友達もいない。
クラスはいつも明るく、休み時間になるとみんなでワイワイ遊んでいる。
誰も欠けていない。誰も抜けていない。そのはずなのに、数えてみると今日は正の字が六個しか並ばなかった。このままでは三十人を切るのも時間の問題だ。
この教室には、もうひとつ不思議なことがある。それは、人数が減るたびに掃除用具入れのロッカーが大きくなっていくことだ。
始めて教室に入った時、そいつはどこにでもある普通のロッカーだった。それが、人数が三十三人になったときに棺桶なみの大きさとなり、いまや倉庫のように教室を圧迫している。
明らかに異常だ。翔馬は何度もそのことを話題にした。それなのに、同級生の答えは決まっている。
「いつもと同じじゃん」
翔馬は確信していた。
人数が減るのは、教室の後ろにあるロッカーが同級生を食っているからだ。このロッカーが妙な魔法をかけ、子供が減ったことを隠してしまっているのだ。
先生は出席簿をパタンと閉じた。
「今日も全員出席だな。さあ、授業を始めようか」
先生が背中を向け、黒板に文字を書き始める。その隙に、翔馬は自宅でコピーしてきた緊急連絡網を机に広げて、クラスの人数を数えた。
クスクスという忍声が聞こえる。笑うなら笑え。翔馬は一心不乱に数える。昨日は三十一人いたはずなのに、今日は何度確かめても三十人しかいない。
いったいこれはどういうことだろうか。
まるで夢の国に吸い込まれてしまったかのように、仲間が欠けていく。しかも減った人間は最初から存在しなかったかのように、記憶からも記録からも消え去ってしまう。集合写真だってそうだ。みんなの立ち位置、ポーズはなにも変わらないのに、人数だけが揃わない。
このことを、一回だけ幼馴染に相談しことがある。幼稚園からクラスが一緒だった気のいいヤツだ。
そいつは「気のせいだよ」と笑い飛ばしていたが、いまではその幼馴染の顔も名前も思い出せない。
きっと、消えた五人のうちの一人なのだ。
授業は算数だった。分数の足し算が続いている。通分して、分子を足して……と、何かがおかしい。
先生は黒板に問題を書いた。
「9/2+200/7―43/14」
通分すると(63+400―43)/14となり、約分して30になるはずだ。
それが先生は黒板に解答を29と書いた。
1つ足りない。まるで、消えていく同級生のように。
翔馬は手を上げた。先生、違います。声も出した。それなのに、見えない壁に包まれたかのように、声と動作がかき消されていく。
だれも翔馬のことに気が付かない。
背後にどす黒い空気を感じた。とてもつなく大きなものが床を引きりながら動いている音ががする。
破滅が迫っている。それは、確実に翔馬の背中に迫っている。
翔馬はあまりの恐ろしさに、振り返ることができなかった。そいつは、翔馬の後ろで止まった。扉が開く音がする。
臭くて生暖かい空気が、翔馬の首筋を撫でた。
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『ひとつ足りない』 齊藤 想
翔馬は、先生が出席を取る人数を毎日数えていた。指を折り、ノートに正の字を並べ、ときにはボイスレコーダーで録音をすることもあった。
そこまで念入りに確かめているのに、なぜか人数が合わない。しかも増える方ではなく、減る方に。
「石上拓美君」
「ハイ」
右斜め前に座っている同級生が手を上げる。翔馬がノートに正の字を書き足した。あと一人。だが、先生の声が続かない。
自分が間違っていると信じたかった。翔馬は何度も数えなおし、指を何回も折り、計算チェックのために小二で使った九九カードまで見返した。
深いため息が机の上に広がる。
翔馬は絶望感とともに、事実を認めるしかなかった。また一人、煙のように、クラスから同級生が消えてしまったことを。
六年三組が初めて顔をそろえたとき、教室には三十五人いたはずだった。四月の体育の授業でバレーボールをしたとき、7人チームを5個作ったから確実だ。
それから半年間。転校生も転入生もなく、難病で長期欠席している仲間も、登校拒否に陥った友達もいない。
クラスはいつも明るく、休み時間になるとみんなでワイワイ遊んでいる。
誰も欠けていない。誰も抜けていない。そのはずなのに、数えてみると今日は正の字が六個しか並ばなかった。このままでは三十人を切るのも時間の問題だ。
この教室には、もうひとつ不思議なことがある。それは、人数が減るたびに掃除用具入れのロッカーが大きくなっていくことだ。
始めて教室に入った時、そいつはどこにでもある普通のロッカーだった。それが、人数が三十三人になったときに棺桶なみの大きさとなり、いまや倉庫のように教室を圧迫している。
明らかに異常だ。翔馬は何度もそのことを話題にした。それなのに、同級生の答えは決まっている。
「いつもと同じじゃん」
翔馬は確信していた。
人数が減るのは、教室の後ろにあるロッカーが同級生を食っているからだ。このロッカーが妙な魔法をかけ、子供が減ったことを隠してしまっているのだ。
先生は出席簿をパタンと閉じた。
「今日も全員出席だな。さあ、授業を始めようか」
先生が背中を向け、黒板に文字を書き始める。その隙に、翔馬は自宅でコピーしてきた緊急連絡網を机に広げて、クラスの人数を数えた。
クスクスという忍声が聞こえる。笑うなら笑え。翔馬は一心不乱に数える。昨日は三十一人いたはずなのに、今日は何度確かめても三十人しかいない。
いったいこれはどういうことだろうか。
まるで夢の国に吸い込まれてしまったかのように、仲間が欠けていく。しかも減った人間は最初から存在しなかったかのように、記憶からも記録からも消え去ってしまう。集合写真だってそうだ。みんなの立ち位置、ポーズはなにも変わらないのに、人数だけが揃わない。
このことを、一回だけ幼馴染に相談しことがある。幼稚園からクラスが一緒だった気のいいヤツだ。
そいつは「気のせいだよ」と笑い飛ばしていたが、いまではその幼馴染の顔も名前も思い出せない。
きっと、消えた五人のうちの一人なのだ。
授業は算数だった。分数の足し算が続いている。通分して、分子を足して……と、何かがおかしい。
先生は黒板に問題を書いた。
「9/2+200/7―43/14」
通分すると(63+400―43)/14となり、約分して30になるはずだ。
それが先生は黒板に解答を29と書いた。
1つ足りない。まるで、消えていく同級生のように。
翔馬は手を上げた。先生、違います。声も出した。それなのに、見えない壁に包まれたかのように、声と動作がかき消されていく。
だれも翔馬のことに気が付かない。
背後にどす黒い空気を感じた。とてもつなく大きなものが床を引きりながら動いている音ががする。
破滅が迫っている。それは、確実に翔馬の背中に迫っている。
翔馬はあまりの恐ろしさに、振り返ることができなかった。そいつは、翔馬の後ろで止まった。扉が開く音がする。
臭くて生暖かい空気が、翔馬の首筋を撫でた。
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