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【SS】齊藤想『ベルリンの壁』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房第58回に応募した作品です。
テーマは「壁」です。

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『ベルリンの壁』 齊藤想

 ねえねえ、知っているか?
 由香には信じられないかもしれないけど、少し前までドイツは二つに分かれていたんだぜ。いいや、違う。南北じゃない。それは朝鮮だ。そもそも韓国と北朝鮮はまだ統一されていない。南北は四十年ぐらい前に統一されたはずって、それはベトナム。なぜベトナムが分断されていたことを知っているのに、ドイツを知らないんだよ。
 まあいい。おれが由香に伝えたのは、ドイツの話。三十年ぐらい前まで、ドイツは東西に分かれていたんだぜ。
 当時の国名は東ドイツと西ドイツ。首都のベルリンも分断されていて、国境はでっかい壁で分けられていた。市民を威圧するようなその壁は、「ベルリンの壁」と呼ばれていたんだ。
 冗談じゃなくて本当だって。だいたい「ドイツが東西に分かれていた」なんて冗談のどこが面白いんだよ。おれの冗談はいつも抱腹絶倒の……でもないって? あなたが言いそうな意味不明な冗談かと思ったって、ずいぶんと酷いなあ。
 コホン。とにかく話を続けよう。
 ベルリンを東西に分けていた壁だが、当時は恐怖の象徴だったんだ。
 市民は分断され、壁を超えようとする市民は容赦なく逮捕、ときには射殺された。壁を乗り越えただけだぜ。酷くないか?
 まあまあ、国境侵犯は重罪だという指摘は脇においておこう。おれが言いたかったのは、わずか高さ3mの壁が、心理的には絶望的な壁だったということなのさ。越えようとすれば越えられるかもしれないのに、最初から諦めさせるような雰囲気があったんだ。
 なになに、じゃあサッカーは弱かったのって?
 ああ、ドイツが二つに分かれていたのなら、選手が分散してチームも弱くなるという意味か。甲子園の東東京代表と西東京代表みたいにって失礼な。西東京も東東京も何度も優勝しているわ。ちなみに山形、富山、山梨、島根は春の選抜も含めて、優勝どころか決勝進出すら一度もないんだ。分断されても東京は強いんだ。
 甲子園マニアというな。ただちょっと野球が好きなだけだ。
 由香と話していると、どうも調子が狂うなあ。そういえば、サッカーだけど、統一前のドイツもワールドカップで優勝していなかったか? スマホで調べてみると……ああ、西ドイツ時代に3回優勝し、準優勝も3回ある。統一前から強かったようだ。スマホは便利だなあ。
 ちなみに統一後もドイツは2014年に優勝しているぞ。決勝戦のアルゼンチンとの対決は実に見ごたえがあった。スコアレスのまま延長戦となり、ついに延長後半にマリオ・ゲッツェが決勝ゴ-ルを決めて……。
 うんうん、野球だけでなくてサッカーも大好きだ。スポーツはからっきしダメだめと、観戦だけはプロ級だ。
 ちょっと待て。おれが話したいのは、そんなことじゃない。ベルリンの壁だ。その恐怖の壁がどうして崩壊したかということだ。
 これは実に情けないほどの勘違いから始まったんだ。
 元々、ベルリンの壁というのは、市民が東から西へと逃げ続けることに困った東ドイツが建設したんだ。東側の市民にとって、経済発展を成し遂げた西側の生活はあこがれだったからな。その東ドイツが、東西の旅行を大幅に緩和しようとして記者会見を行ったわけだが、その記者会見の席に座った東ドイツのお偉いさんが内容をよく理解していなくて、思わず「すぐにでも出国できる」と口走ってしまったんだ。
 すると市民は熱狂し、大騒ぎだ。長年の夢が実現したかけだからな。
 熱狂の渦に包まれた多数の市民が国境に集合し、検問所では止めることができず、大挙して東ドイツ市民が西側に流れ込むことになった。数時間後には、ベルリンを分断し続けてきた憎くき壁を、名もない市民達たちつるはしで壊し始めた。
 ここまでくれば流れは止まらない。東西ドイツはその翌年にはめでたく統一されたというわけだな。
 結局何が言いたいのかって、そんなんもう分かるだろ。おれは由香との間にあるベルリンの壁を壊したいんだ。こんなもん壊そう思うたら、すぐにも壊せるはずなんだ。
 そうそう、少し勘違いすればよいのさ。壁が壊れてしまえば、なんてことはない。東西ドイツは見事に合体し、その後は幸せになって暮らしておる。
 え、「合体なんていやらしい」って? そりゃ誤解だ。たぶん、まあ……あ、由香ちゃん待って、行かないで。もう少しおれの話を聞いてくれぇぇぇ。
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