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【ショートミステリ】齊藤想『未亡人』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第55回)に応募した作品です。
テーマは「葬式」でした。

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 夫の通夜に、見知らぬ女性が現れた。年齢は四十代前半、私より二十歳以上若い。
 喪服を身にまとった淑女は、丁寧に焼香を済ませると、なぜか当然の権利のように親族席に座った。
 もしかしたら、遠くの親戚がやってきたのだろうか?
「あの……どちら様でしょうか」
「お気になさらず。ただの未亡人です」
 彼女は、切れ長の目を、軽く伏せた。坊主の読経が続き、木魚をたたく音がホールに響く。もしやと思い花輪の名前を確認したが、夫が勤めてきた四富銀行の幹部の名前が並ぶだけで、一般人が入り込むスペースがない。
「失礼ですが、亡くなられた旦那様のお名前は?」
 彼女は意味ありげに、軽く微笑んだ。もしかして夫の愛人なのだろうか。
 結婚生活は四十五年にも及んだが、夫は仕事人間で、仕事上のトラブルで悩んでいた時期もあったが、解決してからはますます社畜と言われるほど業務に邁進していた。外で女性を作っていたとは思えないし、そのような時間もない。不倫はないと断言できる。
「岩居さんはどのような亡くなりかたをしたのですか?」
 彼女の視線はまっすぐと遺影に向けられている。彼女の正体がつかめないまま、失礼のないように話を続ける。
「夫は心臓病で亡くなりました。定年後も銀行幹部として残り、今朝まで元気だったのですが、少し遅く帰ってきたと思ったら突如として倒れ、そのまま帰らぬひととなってしまいました。あと三か月で会社を辞めて、悠々自適な生活を楽しむと言っていた矢先のことです」
 私は退職後の生活を思い描いてた夫を思い出し、ハンカチで涙をぬぐった。
「あと少しだったのに、それはさぞかし無念でしたでしょうね。勤務先は変わらず四富銀行だったのですか?」
 この女性はどこまで夫を知っているのだろうか。少し気色悪くなってきた。私がうなずくと、女性は自らのことを少し明かした。
「私は岩居さんの部下でしたのよ。それは平芝支店のときでした」
 私は少し安心した。未亡人というのは、何かのジョークか、自分も夫を亡くした身であるというのをアピールしたかったのだろう。
「夫とは同僚だったのですね」
「同僚といっても古い話ですわ。その当時、岩居さんは大きな仕事を抱えていました。本社から新規顧客の開拓を求められ、リスクの高い案件にも手を突っ込んでいました。当時は若手行員だった役員たちも一緒でした」
「大変な時期だったのですね」
「ええ、とても大変でした。そのおかげで、彼らは花輪を飾るような役員に上り詰めわけですけどね。
 私は融資審査の補助というか、単なるコピー取りでしたが、偶然にも不正融資が行われている証拠をつかんでしまいました。その結果、私は岩居氏に首を絞められました」
 木魚がひときわ大きな音を響かせた。読経が終わりに近づいている。 
「私は岩居氏に殺されかけましたが、逃げ出し、なんとか助かりました。岩居氏にとって私は本当は死んでいなければならないひとでした。つまり、私は故人とって、漢字の意味通りの未亡人です」
 私はなんと答えたらよいのか分からなかった。
「しかし、岩居氏は死んでしまいました」
「もしかして、あなたが」
 彼女は首を横に振った。
「不正融資は十五年以上も前の話です。いまさら復讐しようなんて気はありません。リスクが高すぎます。それに、口止め料として会社から相応のお金を頂戴いたしました。どんな内容であれ、契約は守ります。しかし、岩居氏が殺されたとなると、話は異なります」
「いや、殺されたなどとは、、、」
「世の中には死体を一見しただけでは分からない毒薬がたくさん出回っています。ネットで簡単に手に入ります。なによりタイミングが良すぎます。
 少し考えてください。夫を殺してメリットを受けるのは誰かしら? 退職されたら、秘密が守られなくなるかもしれないと恐れたのは誰かしら?」
 最後の木魚が鳴らされた。僧侶の読経が終わりを告げた。未亡人は声を潜めた。
「遺体が燃やされてしまえば証拠は残りません。警察に駆け込むのもよし、交渉するのもよし。四富銀行の幹部たちが雁首そろえて葬式に出席しているのも、遺体が骨になるのを見届けてるためです。いまならまだ間に合います。さあどうなさいますか?」
 私が振り返ると、脂ぎった四富銀行の幹部たちが、鋭い視線を二人に向けていた。

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