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【ミステリ】齊藤想『トイレの詰まり』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第50回)に応募した作品です。
テーマは「トイレ」でした。

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『トイレの詰まり』 齊藤 想

「またトイレが詰まっているわよ」
 と恭子が文句を言う。夫婦で二人暮らし。毎日のように建替え問題が話題になるほど古い団地とはいえ、水流はしっかりしてる。通常では詰まることは考えられない。
 夫の崔太郎が寝そべりながら新聞を開く。いつもの土日の光景だ。
「ちゃんと処理をしたのか?」
「いつも通りにしているわよ」
「それなら詰まるわけないけどなあ」
 崔太郎がめんどくさそうに半身を起こすと、トドのような体を揺らせながら、トイレに近づいていく。
 崔太郎が便器の内側をのぞき込むと、いまにも容器から溢れそうなほど汚水を湛えている。耳を澄ますと、わずかだがチョロチョロと流れている音がした。大きな物体が流れずに詰まったときに起きる現象だ。
「でかいものを流すときはちゃんと崩すようにと言っただろ」
 崔太郎が恭子を責めると「女性だもの」と口を曲げだ。
「いつまでも、それを言い訳にしたら困るんだよなあ」と文句を言いながら崔太郎はいつものワイヤーを取り出す。
 すでに何度も使っているので、便器に合う形状となっている。崔太郎は回転させながら奥までワイヤーを差し込むと、つまりの原因となっている物体を取り出す。丁寧に砕いてまた流す。
 渦を巻きながら、全ては排水溝の奥へと流されていった。

 ひと仕事終えると、二人は散策にでかける。
「高梨さん、今日も仲がいいわねえ」
「ええ、ありがとうございます」
 この団地は高度成長期に開発された。そのころに転居してきた夫婦がそのまま住み続けているため、老人が多い。世間から見捨てられたような団地の中で、高梨夫妻の若さは目立っている。
 この団地では、毎日のように住人が死に、誰かが行方不明になる。歯が抜けるようにして、住民が減っていく。
 崔太郎は小さな化学薬品メーカーを経営しており、平日は忙しい日々を送っている。それでも高梨夫妻は若いだけに、お手伝いのお声が次から次へとかかる。週末のたびに葬式の手伝いをして、行方不明者の捜索に狩り出される。
「そろそろ葬式の時間か」
 崔太郎がつぶやいた。恭子はそれを軽く聞き流す。また忙しい時間が始まる。

「美佐子さんしっかりしてください」
 老人だらけの葬式だ。何人かは足元がおぼつかない。それを介助するのは崔太郎の役目だった。特に身寄りのない老人は、親族がいないだけに、高梨夫妻に頼り切っている。
 高梨夫妻は副業として、身寄りのない老人の介助も仕事にしている。多少の金銭を受け取り、深夜の対応など、業者ではできないような手伝いをする。
 葬式とは別れの儀式だ。葬式中に「死にたい」とつぶやく老人は多い。子供も妻もなく、親しい友人を亡くしてしまったときには、本当に切ない。
 高梨夫妻はそうした老人を励まし、何度も話し合い、それでも死にたいという老人には最後の世話をすることにしている。
 金銭を受け取り、肉体の全てを薬品で溶かし、ゆっくりとトイレに流す。何日かたつと、どこかで行方不明の噂が立つ。形だけの捜索をして、時期を見計らって高梨夫妻が警察に届出を出す。いつものことだと、警察は事務的に処理していく。
 身寄りのない老人の行方など、だれも気にしない。警察もうすうす気がついているのかもしれないが、誰もが見てみぬふりをしている。行方不明になった老人は、だれもが死にたがっているのを知っている人間ばかり。むしろ、噂を聞きつけ、死ぬために団地に引っ越してくる老人もいるぐらいだ。人手不足の市役所も、手間と金のかかる老人たちが行方不明になって助かっている部分もある。
 トイレは全てを流していく。人生も全て。
 誰もがウイン=ウィンとなる関係が、ここにある。
 高梨夫妻は、今日も仕事に励んでいる。

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