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【掌編】齊藤想『天使のスモモ』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第47回)に応募した作品です。
テーマは「スモモ」でした。

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『天使のスモモ』

 私がまだ小学校低学年のころ、週末は家族で郊外にある祖父母の自宅に通っていた。
 両親は小規模な土木業を営んでいたが、業界に不況の波が押し寄せて仕事がなく、果樹園を営んでいる祖父母の手伝いをして家計の足しにしていた。
 家族が収穫に出かけると、私は遊び相手もなく、ひとり縁側で人形遊びをしていた。そうしたら、ある日、ガキ大将風の男の子が、ひょっこり顔を出してきた。
「お前、誰だ」
 その丸坊主の男の子は、まるで咎めたてるように言い立てた。私は憤慨するのと多少の恐怖で無視をしていたが、男の子は平気で庭に足を踏み入れ、近づいてくる。
「勝手に入ってこないで」
 祖父の家はひどく開放的で、庭と畑の境目がない。入るのも出るのも自由だ。男の子は叱責されても動じるそぶりがない。
「都会のもんか」
「教えてあげない」
 男の子は、ふん、といった表情をした。そして、突如として高橋と名乗った。
「スモモを食わないか」
 そういって、庭先にある祖父のスモモの木を指さした。
「あんたねえ、ひとの家に勝手に入ってきて、何を言い出すのよ」
 失礼な子だ。本当に不愉快だ。だが、その一方で、この男の子に興味を覚えてきたのも事実だった。汚いシャツに半ズボン。いつ散髪にいったのか分からない頭。都会に存在しない野生児そのものだった。
「スモモなんて、たくさん食べているわよ。おじいちゃんはスモモ農家なのよ」
 男の子は首を横に振った。
「売り物のスモモではなく、この庭に生えているスモモだ。なにせ、このスモモは特別だからな」
 野生児はケタケタと笑った。なぜ、そのことを知っているのだろうか。祖父は「このスモモは天使様のものだから」と言って、決して家族に振舞おうとはしない。
「この木はずいぶんと大切にされているみたいだなあ。剪定だって、肥料だって。古ぼけた木なのに」
 果樹園のスモモと比べると、老木で、樹勢が衰えていることは素人目にも理解できる。それでも、祖父が大切にしている木をバカにされると、怒りがこみ上げてくる。
「都会もんは、さぞかし旨い実がなるんだろうなあ、とか思っているだろ」
「おいしいに決まっているじゃない。これは天使様のものなんだから」
「その祖父の言うテンシは一粒も分けてくれないのか。ずいぶんとケチなテンシだなあ」
「そんなことない。これ以上、おじいちゃんを悪く言ったら許さない」
「おお怖い、怖い」
 男の子はおどけた。
「そんなに食べたいなら、勝手に食べればいいじゃない。その代わり、おじいちゃんに怒られてもしらないから」
「ひとりで食べたくないんだよなあ」
 男の子は急にはにかんだ。表情のあまりの急転に思わず噴き出してしまう。ペースに引き込まれていると思いながらも、ついつい心を許してしまう自分がいた。それに、前々から庭先のスモモに興味があったのも事実だ。
「二つぐらいなら分からないかなあ」
「たぶん、な」
 その一言で、私の気持ちは決まった。手の届く位置にあるスモモを二つもぎ取ると、男の子と一緒に食べた。男の子が言うように、酸っぱくて、お世辞にも美味しいとは言えなかった。祖父がなぜこのスモモを大切にしているのか、またその男の子がなぜこのスモモを食べたがったのか理解できなかった。
 スモモを食べると満足したのか、男の子は「じゃあな」と立ち去った。もちろん、祖父に見つかり、私はこっぴどく怒られた。

 それから数十年がたった。
 何気なく新聞を眺めていたら、そのときの男の子が過激な政治活動中に逮捕されたとの記事を発見した。その瞬間、すべての疑問が雪のように解けていった。
 祖父が言う「天使様」は、実は「天子様」、つまり天皇陛下のことだったのだ。
 祖父の庭にあったスモモは品種改良前の希少種で、献上品だったのだろう。男の子は既存の権威に反発する気持ちがあり、貴重なスモモを食べることで、溜飲を下げたのだ。いまから思うと他愛のない児戯だが、その子にしたら偉大なる冒険だったに違いない。
 あの野生児は、中年を過ぎても、野生児そのままだった。
 今年もスモモの季節がやってきた。
 あの日食べたスモモは、二度と味わっていない。

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