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【ホラー】齊藤想 『火迎え』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第40回)に応募した作品です。
テーマは「お盆」でした。

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 『火迎え』 齊藤 想

 八月十三日。お盆の入りの日。漆黒の闇に、松明の炎が二度回る。一度目はすばやく、二度目はゆっくりと。
 松明が円運動の頂点に達したところで、美和は小学六年生の従妹に命じた。
「そのまま、動かないで」
 束ねられた木切れがはぜる音と、松脂が焼ける香りがする。じりじりと火が顔に近づいていく。
「美和さん、まだなの?」
 いかにも残念そうに、美和は小さく首を横に振った。
「これはご先祖様を迎え入れる大切な儀式なの。さっきから松明の炎の強さはまったく変わっていないじゃない。それはまだご先祖様がきていない証拠なの。それとも、吉海は自分からやると決めたことなのに、途中で投げ出すつもりなの?」
 そう言われると、小学六年生には反論できない。
 幼い少女は仕方なしに、細い腕を震わせながら、松明をより高く掲げた。

 美和が「火迎え」という風習を初めて体験したのは、小学五年生のときだった。
 母は義理の両親と仲が悪く、父の実家に帰りたがらなかったのだが、さすがに毎年無視するわけにはいかず、仕方なしに数年ぶりに帰省した。
 祖父母は美和を大歓迎してくれた。毎日のゴチソウに、近所のデパートや観光地に美和を連れ回した。それが実家を継いだ叔父の勝義は面白くなかったらしい。都会で暮らす弟が羨ましかったのかもしれない。
 帰る前の日、勝義は少し酒の入った口調で、美和に向ってこう言った。
「都会で成長している美和にも、父の出身地である栗光村の伝統を継いでもらわないとなあ。高巳もそう思うだろう」
 父は少し後ろめたさがあったのか、「そうだよな」と同意するしかなかった。
 そうして連れ出されたのが、「火迎え」という儀式だった。
 儀式自体は簡単なものだった。お盆の前日に、先祖代々の墓地の前に立ち、火のついた松明を二度回す。最後に松明を高く掲げ、炎がより高く上がったら「ご先祖様が通り過ぎた」と見なされ、火迎えは終わる。
 この儀式の醜悪な点は、ただでさえ木々に囲まれて風が通りにくい上に、「炎が高く上がったかどうか」を判断するのは祭祀者に任されているところだった。しかも、先祖を迎えにいくのは、なぜか子供の仕事と決まっている。
 つまり、祭祀者が首を縦に振らないかぎり、子供は松明を掲げ続けなければならないのだ。
 美和が異変に気がついたのは、松明を掲げ始めてすぐだった。叔父は「儀式だから」と真剣な顔つきになり、腕の位置や姿勢を事細かに指導してきた。ごわついた手のひらで体をベタベタ触られ、思わず不快な声を上げてしまった。
 それが、さらに叔父の気を悪くしたようだ。
 体に触れてこなくなった代わりに、叔父は美和にいつまでも松明を掲げさせた。炎が松明を下っていき、髪の毛に火花が飛ぶ。腕の筋肉が張り詰め、少しでも姿勢が崩れると木の棒で小突き、無理やり松明を頭の上に置こうとする。
 美和の頭に浮かんだのは「恐怖」の二文字だった。叔父は狂っている。暗闇に浮かぶ目を見ながら、そう思わざるを得なかった。
 伝統の名を借りた拷問が終わったのは、だれかの足音がしたからだった。
 突然、叔父は表情を柔らかくして、だれかに聞かせるように「よく頑張ったね」と優しい声をだした。
 両親が心配して儀式を見に来たのだ。叔父は露骨に顔を歪めると、私にだけ聞こえるように「チッ」と舌打ちをした。美和にとってこの儀式は悪夢と同じで、このときの記憶が蘇るたびに、美和の心を苦しめ続けた。

 吉海は「まだなの?」と重ねて聞いてきた。
 風は何度も通り抜け、そのたびに炎が高く上がる。この従妹は憎きあの叔父の子だ。叔父が体調不良であることと、祖父母が高齢になったこともあり、一家はときおり実家に帰るようになっていた。
 力関係は完全に逆転していた。
 父の実家に帰ると、母はこの古い家の全てを取り仕切る。美和も大きな顔ができる。だから、いまは憎い叔父の子を「火迎え」の儀式に連れ出すことに、叔父も祖父母も反対できない。
「ねえ美和さん」
「うるさいねえ、マダといったらマダなの」
 美和はピシャリとはねつけた。高齢になってから生まれた娘を、叔父が溺愛していることを知っている。従妹が困惑する表情を見て、歓喜の感情が湧き上がる。幼いころに受けた屈辱が、洗い流されていく。
 伝統は引き継がれるべきなのだ。それに、幼いころに受けた恨みも。

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