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【掌編】齊藤想『失格』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第36回)に応募した作品です。
テーマは「星」でした。

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『失格』 齊藤想

 ファミリーレストランの客席に設置された丸時計は、深夜〇時を越えようとしていた。
 静かというよりけだるい空気が漂う空間で、いたいけな少女は、四十代になるマネージャーの前で泣き続けていた。声を漏らさないように口元をハンカチで覆うが、全てを隠しきれるわけではない。
 彼女は、先ほどから同じ言葉を繰り返している。
「私、引退したいんです」
 彼女の名前は濱田風香で、大人数で活動するアイドルグループに所属している。人気グループとはいえテレビやメディアで取り上げられるのはごく一部で、大多数は、人気メンバーが忙しいときの人数合わせとして扱われている。
 それでも、両親は、自慢の娘が雑誌に乗ったと喜んでくれた。
 それを引退するという。
「卒業、したいのかな?」
 マネージャーが確かめるように言うと、風香は「引退したいんです」と繰り返した。きっぱりとした言い方だった。
 風化は吉岡栞里の名前を出した。栞里はグループの中心メンバーで、ファンによる人気投票一位の常連だ。
「茉里たちはグループの太陽です。輝いています。テレビにラジオに撮影にと引っ張りだこで、休む暇もありません。私も頑張れば太陽になれると思っていた。もっと輝けると信じていた」
 少女はハンカチを握る手に力を込めた。きっと泣きたいのを我慢しているのだろう。負けた自分を情けなく思っているのだろう。
 マネージャーの高梨は、風香の震えが収まるのを待った。
「けど、私は単なる六等星にすぎません。小さな星は決して太陽になれない。そう気がついてしまったのです」
 いわるゆる心が折れた、という状態だ。マネージャーはため息をついた。高梨は新入社員ではない。それなりの経験を積んでいるし、担当したタレントも一人や二人ではない。こういうときの対処は心得ている。
「風香はオリオン座を知っているかい。冬の星座で、三つ並んだ星が有名な星座だ」
 風香は小さく首を縦に振った。もちろん、の意思表示だ。
「オリオン座には夜空にひときわ輝くベテルギウスやリゲルのように有名な星もあるが、大多数は世間に知られていない。あの三ツ星の名前を知っている日本人がどれだけいると思うかい。それでも、有名なオリオン座の一部となっていることで、世界中のひとたちに親しまれている。次に、風香はおおいぬ座のことは知っているか?」
 今度は首を横に振った。
「オリオン座と同じく冬の星座で、全天で最も明るいシリウスを引き連れているが、こちらはまったく知られていない。シリウスはともかく、その隣にある小さな星など、だれも目にとめない」マネージャーは少し間を置いた。「同じ星なのにね」
 風香は少し迷っているようだった。目が揺らいでいる。
「つまり、ぼくが言いたいのは、有名な星座に所属していることを幸せに感じて欲しいということだ。だれもがシリウスやペテルギウスになれるわけではない。だけど、それが全てではないんだ」
「私なんて……」
「一等星だけで星座は描けない。夜空には、いろいろな星があるんだ」
 風香は小さくうなずいた。
 実のところ、アイドルは使い捨てだ。人気がなくなれば、彼女たちは「卒業」という美名の元に消えていく。だから、アイドルは恒星ではなく流れ星だ。マネージャーだって彼女に「君はもうすぐ燃えつきるんだよ」と教えてあげたい。だが、組織人として、その言葉を口にすることはできない。
 彼女は芸能事務所の飯の種だから。
「もうすぐ、ふたご座流星群の季節ですね」
 風香は窓の外を見ながらつぶやいた。高梨はほほが緩むのを感じた。風香は高梨が言いたいことを悟ってくれたようだ。
「私、星について勉強します。大学に通って何か資格を取って、うまくいけばバラエティに進出して、それができなくても新しい仕事を始めて……」
 風香のおしゃべりは止まらない。彼女は気がついてくれた。いまのままでは燃え尽きる流星だが、努力次第で何回でも地球を訪れる彗星になれる。
 会社の利益を考えるなら、いまのままで良い。それでも、彼女の幸せを願う気持ちを捨てられない。
 マネージャー失格かな、という言葉を、高梨は無糖のエスプレッソとともに飲み込んだ。

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