SSブログ

【SS】齊藤想『新しい夢』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第34回)に応募した作品です。
テーマは「夢」でした。

―――――

『新しい夢』 齊藤想


「ねえねえ、新しい夢を見つけたんだ」と幼稚園児のチコは、お迎えにきた母親に楽しそうに話しかけた。
 チコは夢を見つけるのが得意だ。いつもだれかの夢を見つけてくる。
「それで、今日はどんな夢を見つけたの?」
「あ、うん、ちょっと待って」
 チコは教室の入口で先生と分かれの挨拶をする。かわいいお辞儀が終わると、大急ぎでお母さんの元にかけよる。お母さんが優しく会話を促す。
「とってもいい夢だった?」
「もちろん」
 チコは満面の笑みで語り掛ける。
「今日みつけたのは、ヒロミ君の夢。それはねえ、可愛いお嫁さんになること」
 お母さんはふきだした。
「ヒロミ君は男の子でしょ? 男の子がお嫁さんなんておかしいじゃない。となりのクラスのヒロミちゃんじゃないの?」
 チコは、ほほを膨らませながら、首を横にふる。
「絶対に同じクラスのヒロミ君。チコが間違えるわけがないもん。それとねえ、さらにすごい夢も見つけたんだよ。けど、すごすぎて、ここでは話せない」
 チコはお母さんの手を引く。チコのお母さんは、いつも歩いてお迎えにくる。だから幼稚園から自宅までは、ふたりだけの時間。その時間を目一杯使って、チコはお母さんに見つけてきた夢を話す。
「それはねえ園長先生の夢。なんと園長先生の夢は、世界征服なの」
 母親はほほえんだ。あんなに人の好い園長が世界征服だなんて、何かの勘違いだろう。たぶん、園児からヒーロー戦隊の話を聞かされて、それが脳裏に残っていたのだろう。
 園長先生がチコに突拍子もないことを話しかけられて、困っている様子が目に浮かぶ。
「それとねえ、幼稚園で飼われているピョン吉の夢。ピョン吉の夢は、ニンジンをたくさん食べたいこと!」
「あ、それは正解かも」
「それはじゃなくて、チコは全部正解なの!」
「そうね、チコはいつも正しいもんね」
 母親は、かわいいおかっぱの頭を優しくなでた。
 母親がチコの特殊能力に気がついたのは、チコが二歳のときだった。まだ片言しかしゃべれないのに、母親が考えていることを正確に当てることができるのだ。
 仕草で察しているのかもしれないと疑ったこともあるが、密かに観察した結果、どうやら脳の中身を直接のぞけるらしい。
 ただ、全てが見えるわけではない。チコが受け取れるイメージは、「希望」や「願望」
といったプラスのイメージ。それをチコは夢として受け取るのだ。
 早朝から空を覆い続けた雲が途切れ、隙間から太陽がのぞいた。
「それとねえ、いま、すごい夢を感じ取ったの。とてもとても大きい夢」
「どんな夢なの」
「えーっと、えーっと、それはねえ」
 チコは考え始めた。必死になって、だれかの夢を汲み取っているらしい。
「あのね、昆虫や動物たちが野原で幸せにくらしているの。それと、空は鳥やチョウチョが飛び回り、海の中では魚がたくさん泳いでいる」
「それで、それで」
「土の中ではミミズがはいまわり、モグラが穴をほって追いかけ、オケラがひっくりかえって笑っているの」
「とても楽しそうな夢ね」
「まだまだ続くわよ。高い山には白い雪がふり、森のあるところには雨が降るの。川はとても澄んでいて空気はとても清らかなの。南極はとても寒いけど、氷の上でペンギン達が元気にくらしているの」
「ずいぶんと大きな夢ね。それは誰の夢なの?」
「うーんと」チコは首をかしげた。「分からない。けど、とっても大きな何か」
「そうなの」
 母親は少しねぐせのついたチコの髪の毛を整えた。チコははにかみながら母親の手に自分の指を絡ませる。
「だれの夢かは、またそのうち考えるね!」
 チコは夢のことなど忘れたように、公園のブランコに向って駆け出した。
 いまの夢はだれの夢だろうか、と母親は考えた。もしかしたら地球の夢ではないかと想像したが、地球という無機物が夢を見るわけはないとその考えを打ち消した。
 ただ、地球上の生物みんなの夢が集まってチコにあの夢を見させたのだとしたら、そのメッセージは真剣に受け取らなければならないのかもしれない。
 太陽はいつもより輝いて見えた。
―――――

この作品を題材として、創作に役立つミニ知識をメルマガで公開しています。
無料ですので、ぜひとも登録を!

【サイトーマガジン】
http://www.arasuji.com/saitomagazine.html
nice!(5)  コメント(4) 
共通テーマ: