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【SS】齊藤想『最終切符』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第32回)に応募した作品です。
テーマは「切符」でした。

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『最終切符』 齊藤想

 近郊都市行きの最終電車。アルバムに挟まれた古ぼけた切符。インクはかすれ、地紋も淡くなり消滅しかかっている。
 それでも、未緒はこの切符を捨てることができなかった。
 地元の高校を卒業した翌日のことだ。当時交際していた康成は、未緒にこの切符を渡しながら、こう宣言した。
「東京で一旗揚げることに決めた」
 次の言葉は分かり切っている。画家になるというのだ。同級生が数人しかいないような学校の写生大会で金賞を取り、東京から赴任してきた先生に褒められた。それだけのことなのに、康成は自分には才能があると勘違いしている。
 ただ、未緒は彼氏のことを責めるつもりはなかった。過疎化に悩み、夢も希望もないこの村では、儚い空想にすがって生きるしかない。未緒と康成の違いは、空想を空想だと認識しているか否かにすぎない。
「三年間通い続けた電車も、明日が最後だな」
 地方路線は次々と廃線の憂き目にあっている。赤と青のツートンカラーの車体も、週明けには永遠の眠りにつく。またひとつ、村の希望が削られる。
「だから、この日に旅立つことに決めた。この電車とともに村を捨てる。そのときには、未緒もついてきてほしい」
 康成は高校生なりに真剣だった。大人のつもりだった。背伸びをしていた。ただ、未緒は彼氏と比べると少しだけ現実的だった。空想を未来だと思い込むことはできなかった。康成に画家としての才能が不足していることも理解していた。
 返事を躊躇する未緒の姿を見て、康成も悟ったようだ。その場を取り繕うように、未緒に切符をカバンにしまうように促した。
「もちろん無理には言わない。おれだって、向こうで芽が出るかどうかわからない。それに、まだ住まいもアルバイト先も見つかっていないしな」
 彼は乾いた笑い声を立てた。三月下旬を迎えようとしているのに、春の訪れが遅い東北の山村らしく、彼が言葉を吐くごとに白い花が咲く。
「画家として成功したら、未緒のことを迎えにいく。そのころには、おれは大豪邸の主だ。それまで切符は大切に持っていてくれ」
 空虚な言葉とともに、夜は深みを増していった。

 康成はひとりで旅立った。彼氏には悪いと思っても、失敗するとわかっているチャレンジに人生を掛ける気持ちにはなれなかった。
 その後、康成の消息は途絶えた。未緒が危惧していたように、康成は画家としては生活することができず、いつしか画商の見習いから古物商になったという。
 康成はあれだけ胸を張って故郷を出たのに、あっさりと夢が破れたことが恥ずかしく思ったようで、古物商の資格を取り、起業したときも地元には何も言わなかった。
 その康成から、五年ぶりに手紙が届いたのだ。
「いまから迎えに行く。約束の切符をもって、あの廃駅まで来てほしい」
 未緒は康成が自分のことを覚えていたことに驚いた。画家ではなく、古物商として成功したのかもしれない。別の意味で、康成は夢を叶えたのだ。
 廃線となった駅は修繕されることなく雨曝しになっていた。
 高校卒業から未緒は何もすることがなく、腐るほど余っている土地で農業のまねごとをしながら、ジャガイモを農協に出荷していた。春作が終われば秋作が始まる。代り映えのしない地元の祭りに、懇親会だかなんだかわからない不思議な集まり。
 そうした若者とは思えない日々を過ごす中で、未緒にとって康成は希望の光だった。その康成が、村に帰ってくる。
 あの駅で、あの切符をもってなんて、康成は都会でもまれてしゃれっ気が出たのかもしれない。未緒の胸はときめいた。
 約束の日。康成は国産の中古車を運転してやってきた。整備不良なのか排気ガスに黒煙が多い。服装もラフなシャツにジーンズだ。
 イメージと違う。未緒は落胆したが、これが康成のスタイルなのかもしれないと気持ちを立て直した。康成は急いであの時の切符を見せてくれといった。未緒は素直に渡す。
「これだよこれ。保存状態も完璧だ」
「この切符がどうかしたの」康成の興奮っぷりに、疑念を持った未緒が尋ねた。
「千間山号の最終列車の未使用切符がマニアの間で高騰してさ。これさえあれば、おれの店も一発逆転だ。ところで未緒、今度こそおれについてこないか」

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