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【掌編】齊藤想『ドラえもん』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第31回)に応募した作品です。
テーマは「質屋」でした。

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『ドラえもん』 齊藤想

「これもういらない」
 と、のび太は古ぼけた青いロボットを台車からおろすと、そのまま床に転がした。眼鏡をかけた質屋の店主は、二頭身のタヌキのような機械をひっくりかえした。ロボットだが、死んだ魚のような目をしている。顔のパーツは全体的にバランスの悪い配置をしているが、中央の赤い花だけが、まるで荒野に咲く一輪のバラのように、強く印象に残った。
「これは二十一世紀の猫型ロボットだな」
「そう」とのび太は冷たく言った。
「こいつ、すごく面倒くさいんだ。ぼくのことを助けてくれるといいながら、秘密道具を出しおしみして、毎日ように小言ばかり。ぼくがジャイアンに暴力を振るわれようが、先生に説教をされようが、おかまいなし。お母さんよりひどいんだ」
「暴力を肯定するわけではないが、ジャイアンや先生を怒らせたのは、君にも原因があるのではないのかね。彼の小言は、君のことを心配したからではないのかね」
「そんなの関係ないね」のび太はぶっきらぼうに言った。「おれはこいつのことを呼び寄せたわけじゃない。二十一世紀の技術かなんだか知らないけど、無断でタイムマシンを机の引き出しに繋げてきて、部屋に現れるとおれのことを助けてやると、こいつが宣言したんだ。居候させてやっているんだから、おれの命令を聞くのは当然だろ」
 店主は、愛嬌のある顔をしたロボットのひげを引っ張った。鋼鉄のように硬くて曲がらない。店主は、ロボットにも死後硬直があるのかと思った。
「こいつ、電源を落とすと固まるんだ。そしたら重くてさあ」
 のび太はスニーカーのつま先で、胴体を蹴飛ばした。狭い店内に、ドラム缶を叩いたときのような音が反響する。
「それで、これから君は誰の助けを借りるのかね」
「明日からドラ左衛門がやってくる。こいつはドラえもんを超える、二十二世紀のロボットだ。ポンコツより絶対に役に立つ」
「そのドラ左衛門を君はどうやって呼んだのかね」
「こいつに命令した」のび太は猫型ロボットの腹に足の裏を載せて、激しくゆすった。
「こいつのことを、この役立たずと散々ののしって、代わりにもっと優れたロボットを寄こせと要求したんだ。最初は抵抗したけど、最後はあきらめたのか、ドラ焼き三個と交換契約成立だ」
「それで」と店主は先をほどこした。
「そうしたら、こいつはドラ焼き三個を子供のように食い散らかし、お母さんの入れてくれたお茶を老婆のようにすすると、いままでお世話になりまたと祝捷にも額を畳にこすりつけてきた。そして、立ち上がると、いきなり電源を落としやがった」
 のび太はいまいましそうに、ロボットを見下した。
「そうしたら、死んだロボットの重いのなんのって。最初は粗大ごみに出そうかと思ったけど、もしかしたら金になるかと思い直し、ここまで運んできたというわけよ。それで、親父さん、こいつをいくらで買い取ってくれるか?」
 のびたは指先でわっかを作った。店主は悲しそうに首を横に振った。
「未来の商品は買えません。お持ち帰りください」
「そんなこと言われてもよう」とのび太は口を尖らせた。ここまで台車を押してきた苦労を喚き散らし、それでも店主が翻意しないとみると、ゴミ処理費を負担することもなく勝手に処分してくれと捨て台詞を吐いて立ち去った。
 店主はため息をついた。のび太がいなくなると、店主はロボットの尻尾の先についている赤い玉を強く引いた。店主は猫型ロボットについての知識があった。死んだ目に光が宿る。
 苦労を重ねてきたロボットに、店主は優しく声をかけた。
「また失敗したようだね」
「うん……」と起動したばかりのロボットは悲しそうにつぶやいた。
「けど、次こそはうまくいく気がする。のび太を救えるのは自分しかいないんだ。だって、ぼくが頑張らないと、のび太は……」
「ああ、分かっているよ。君の好きなようにすればいいさ。私はいつでも待っているから」
 店主は大きな雑巾でロボットの全身をぬぐった。この様子は、まるでくすぐられる猫のようだと思った。
 清潔さを取り戻した猫型ロボットは、質屋のカウンターの裏側にあるタイムマシンに乗り込むと、再び旅立っていった。二人が初めて出会った、あの日ののび太のもとへと。

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