【掌編】齊藤想『悪役レスラー志望』 [自作ショートショート]
第18回小説でもどうぞに応募した作品その1です。
ありがたいことに、選外佳作に選ばれました。
https://koubo.jp/article/14228
テーマは「噂」です。
―――――
『悪役レスラー志望』 齊藤 想
朱里はまだ小学五年生だが、悪役女子プロレスラーを目指している。
ひとなみ外れた巨漢で、力も強い。せり出たお腹は、何杯でもご飯を詰め込める。
そして、なにより悪役レスラーにピッタリなのは、この顔だ。つぶれた鼻に、釣りあがった小さな目。美人ではないことは、幼稚園から自覚している。
舞台では主役になれない。けど、悪役レスラーならヒーローになれる。
そう信じているからこそ、毎日のように鏡に向かい、怖い顔を研究していた。あえてガサツな行動を取り、作り上げた顔で同級生をにらみつける。
悲しいといえば悲しい。けど、これが朱里のアイデンティティなのだ。
ところが、朱里にとって困ったことが起こった。となりのクラスの慎也君が、朱里のことを「かわいい」と言い出したらしい。しかも朱里のことを「好き」という噂だ。
かわいい悪役など存在しない。怖がられることが朱里の存在価値だ。朱里はプライドを傷つけられた気がした。
慎也は小柄で、いつもオドオドしてる気の弱い男子だ。少し脅せばビビッて、二度と朱里のことを「かわいい」なんて言わなくなるだろう。
そう思った朱里は、相撲取りのようにノシノシと歩いてとなりのクラスに侵入し、慎也を問い詰めた。
慎也は震えながら言い訳をする。
「本当は、朱里のことを”怖い”って言ったんだ。それが”かわいい”と聞き間違えられて、こんな噂を立てられたんだ」
知ってしまえば下らない。朱里は半分安心して、半分がっかりした。
朱里は慎也に「二度と余計なことを言うなよ」と念を押してから立ち去った。
ところが、しばらくしてまた別の噂がたった。今度は慎也が朱里のことを「格好良くて、きれいだ」と褒めているという。
朱里は怒った。
私のどこが”格好良くて、きれい”だというのか。団子鼻に三段腹。この顔と体形は、悪役レスラーだからこそ活かされる。
からかわれているのではないか。朱里は慎也のことが許せなくなった。
朱里が放課後に慎也を呼び寄せるて、体育館の裏側で問い詰めた。慎也は泣きそうな顔でまた言い訳をする。
「朱里は”学校ですぐにキレる”と言っただけなのに、それがいつも間にかに”カッコよくてキレイだ”になって、はやし立てられたんだ。聞き間違えにもほどがある」
「そう思うなら、その場で違うと否定すればいいじゃないか。変な噂を立てられて、こっちは迷惑なんだよ。黒板に、慎也と朱里のあいあい傘なんて書かれたりして」
慎也はオドオドしている。
「ごめんよ、ごめんよ。けど……朱里ならヒールじゃなくて、ベビーフェイスでもいけると思うけどなあ」
「おいおい、やめてくれ。気持ち悪い。この自分がベビーフェイスだなんて。ベビーフェイスはかわいい女子がなるもので……」
朱里は「うん?」と思った。そして、慎也の胸倉をつかむ。
「おい、なぜ慎也がプロレス用語を知っているんだよ。もしかしてマニアか?」
「いや……実は最近、知った」
慎也が恥ずかしそうに頭をかく。
「みんなの聞き間違いということになっているけど、実は……」
「バカ。お前、いまから変なことを言おうとしてるだろ。それが、迷惑なんだよ」
「朱里はそう言うけど、夢に向かって努力する姿はステキだし、キレイだと思う」
「おい、いい加減にしろよ。この顔と体形で、私がどれが傷つき、苦しんできたのか慎也にはわからないのか」
「だからどうした。ぼくが誰にあこがれようと、自由じゃないか」
朱里はドギマギした。こんなことで動揺して女子プロレスラーになれるのか。それとも試されているのか。
朱里は大きく息を吸った。
「女子プロレスラーは恋愛禁止だ」
少し間を置いた。
「だが、ファンレターは禁止されていない」
慎也の目が輝いた。
「朱里なら必ずプロになれる。デビューしたらすぐにファンレターを書くから」
「プロ入りどころか、雑誌の一面だってすぐに飾ってやるさ。ここにいる、ファン第1号のためにも」
朱里はあえて強く慎也の背中を叩いた。
ほかの人がなんと言おうと、それがどうだというのか。朱里は自分の夢を、誇りにしようと思った。
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『悪役レスラー志望』 齊藤 想
朱里はまだ小学五年生だが、悪役女子プロレスラーを目指している。
ひとなみ外れた巨漢で、力も強い。せり出たお腹は、何杯でもご飯を詰め込める。
そして、なにより悪役レスラーにピッタリなのは、この顔だ。つぶれた鼻に、釣りあがった小さな目。美人ではないことは、幼稚園から自覚している。
舞台では主役になれない。けど、悪役レスラーならヒーローになれる。
そう信じているからこそ、毎日のように鏡に向かい、怖い顔を研究していた。あえてガサツな行動を取り、作り上げた顔で同級生をにらみつける。
悲しいといえば悲しい。けど、これが朱里のアイデンティティなのだ。
ところが、朱里にとって困ったことが起こった。となりのクラスの慎也君が、朱里のことを「かわいい」と言い出したらしい。しかも朱里のことを「好き」という噂だ。
かわいい悪役など存在しない。怖がられることが朱里の存在価値だ。朱里はプライドを傷つけられた気がした。
慎也は小柄で、いつもオドオドしてる気の弱い男子だ。少し脅せばビビッて、二度と朱里のことを「かわいい」なんて言わなくなるだろう。
そう思った朱里は、相撲取りのようにノシノシと歩いてとなりのクラスに侵入し、慎也を問い詰めた。
慎也は震えながら言い訳をする。
「本当は、朱里のことを”怖い”って言ったんだ。それが”かわいい”と聞き間違えられて、こんな噂を立てられたんだ」
知ってしまえば下らない。朱里は半分安心して、半分がっかりした。
朱里は慎也に「二度と余計なことを言うなよ」と念を押してから立ち去った。
ところが、しばらくしてまた別の噂がたった。今度は慎也が朱里のことを「格好良くて、きれいだ」と褒めているという。
朱里は怒った。
私のどこが”格好良くて、きれい”だというのか。団子鼻に三段腹。この顔と体形は、悪役レスラーだからこそ活かされる。
からかわれているのではないか。朱里は慎也のことが許せなくなった。
朱里が放課後に慎也を呼び寄せるて、体育館の裏側で問い詰めた。慎也は泣きそうな顔でまた言い訳をする。
「朱里は”学校ですぐにキレる”と言っただけなのに、それがいつも間にかに”カッコよくてキレイだ”になって、はやし立てられたんだ。聞き間違えにもほどがある」
「そう思うなら、その場で違うと否定すればいいじゃないか。変な噂を立てられて、こっちは迷惑なんだよ。黒板に、慎也と朱里のあいあい傘なんて書かれたりして」
慎也はオドオドしている。
「ごめんよ、ごめんよ。けど……朱里ならヒールじゃなくて、ベビーフェイスでもいけると思うけどなあ」
「おいおい、やめてくれ。気持ち悪い。この自分がベビーフェイスだなんて。ベビーフェイスはかわいい女子がなるもので……」
朱里は「うん?」と思った。そして、慎也の胸倉をつかむ。
「おい、なぜ慎也がプロレス用語を知っているんだよ。もしかしてマニアか?」
「いや……実は最近、知った」
慎也が恥ずかしそうに頭をかく。
「みんなの聞き間違いということになっているけど、実は……」
「バカ。お前、いまから変なことを言おうとしてるだろ。それが、迷惑なんだよ」
「朱里はそう言うけど、夢に向かって努力する姿はステキだし、キレイだと思う」
「おい、いい加減にしろよ。この顔と体形で、私がどれが傷つき、苦しんできたのか慎也にはわからないのか」
「だからどうした。ぼくが誰にあこがれようと、自由じゃないか」
朱里はドギマギした。こんなことで動揺して女子プロレスラーになれるのか。それとも試されているのか。
朱里は大きく息を吸った。
「女子プロレスラーは恋愛禁止だ」
少し間を置いた。
「だが、ファンレターは禁止されていない」
慎也の目が輝いた。
「朱里なら必ずプロになれる。デビューしたらすぐにファンレターを書くから」
「プロ入りどころか、雑誌の一面だってすぐに飾ってやるさ。ここにいる、ファン第1号のためにも」
朱里はあえて強く慎也の背中を叩いた。
ほかの人がなんと言おうと、それがどうだというのか。朱里は自分の夢を、誇りにしようと思った。
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