【SF】齊藤想『美由紀のこと』 [自作ショートショート]
小説でもどうぞ第6回に応募した作品その2です。
テーマは「恋愛」です。
―――――
『美由紀のこと』 齊藤想
八十年も美由紀と寄り添うことができて幸せだった。英樹は心からそう思った。
美由紀は会社の同期だった。勤務先は証券会社。職場のアイドルだった美由紀と同じチームとなり、なぜか口の重い英樹のことを好いてくれて、美由紀がリードするような形で交際するようになった。同棲も始めた。
任された仕事は経験不足もあり散々で、英樹はチームの足を引っ張った。特に美由紀には迷惑をかけた。
それでも、美由紀と一緒に仕事ができるだけで幸せだった。
終わりは突然だった。
「もう、貴方とは一緒にいられない」
プロジェクトが暗礁に乗り上げたとき、美由紀から別れを切り出された。
美由紀の言いたいことは分かる。このままでは二人ともダメになってしまう。
「私のことは忘れて」
美由紀はそう言い残すと、あっさりと部屋を出て行った。
一人になった英樹は発奮した。法律の勉強をして、会計士の資格も取った。英語もマスターした。
だが、それだけでは社内の評価は変わらない。一度失敗した人間に、会社は簡単にはチャンスを与えてくれない。チャンスを与えるべき新入社員は毎年入ってくる。チャンスを逃した中堅社員は、職場の隅にどんどん追いやられる。
英樹と別れた美由紀には浮いた話もなく、ひたすら仕事に邁進していた。いつしか、美由紀とは会社ですれ違っても会釈するだけの遠い存在となっていた。
三十路が見えてきたころ、英樹に二度目のチャンスが訪れた。最初に任された仕事の十倍もの大きな仕事だった。
そのプロジェクトの初会合で、リーダーを見て驚いた。美由紀だった。美由紀が英樹のことを呼び寄せたのだ。
「勘違いしないで」
美由紀はそう冷たく言い放ったが、余計に英樹の心は燃えた。
英樹も大人になり、自分のことではなく、チームのために働く分別を持つようになっていた。チームが成功することこそ、美由紀のためになる。そう信じて仕事に邁進した。
海外のビジネスパートナーが契約書に調印したとき、このプロジェクトは終了した。大成功だった。
英樹は満足だった。パーティーでも中心にいるのは美由紀であり、その美由紀の直属の上司だった。会社からは評価されなくても、美由紀がその上司と仲良く腕を組んでいるのを見続けることになっても、英樹はそれで良いのだと心から満足していた。
パーティーのあとで、美由紀はチームのひとりひとりの感謝の言葉を述べた。
美由紀は英樹に対しても、簡単な言葉をかけてくれた。
「協力してくれて、ありがとう」
美由紀の手は暖かかった。それだけなのに、英樹は感激した。これが恋の喜びなのだと、英樹は初めて知ることができた。
英樹は美由紀への猛プッシュを始めた。迷惑がっていた美由紀も、根負けして、ついに復縁した。最初の交際より濃密な日々を過ごし、自然な形で英樹は美由紀と結婚した。
結婚した後は、会社と英樹が止めるのにも関わらず退職し、生まれた二人の子供を大切に育ててくれた。
二人が無事に巣だってからは二人だけの生活が始まる。美由紀はいつも元気で、現役時代の激務がたたり、体にガタがきた英樹のことを支えてくれた。リハビリを兼ねた日々の散歩も、昔話をしながら、いつまでも寄り添ってくれた。
そして、いまわの際になっても、病院のベッドの横で、暖かな笑みを浮かべてくれる。本当にありがとう。言葉では言い尽くせないほど感謝している。
英樹は、美由紀に「幸せだったかい?」と聞きたかったが、聞くだけヤボな気がした。
「これで良かったのでしょか」
研修医は、VRを装着したまま恍惚の表情を浮かべている老人を見て、呆れた様子でつぶやいた。
仕方がないんだよ、と医者は研修医に語り掛ける。
「いまや少子化は極限まで進み、死を目前にして見守る家族もいない。人間とは、家族に看取られるだけで死への恐怖を軽減できるものなのだ。我々の仕事とは、人間を無事にあの世に送り届けることなのだから」
「偽りの人生で幸せになれるなんて、人間とは羨ましい生き物ですなあ」
老人の息が切れた。
物体戻った最後の人類を、金属の腕は事務的に焼却所へと運んで行った。
―――――
この作品を題材として、創作に役立つミニ知識をメルマガで公開しています。
無料ですので、ぜひとも登録を!
【サイトーマガジン】
https://www.arasuji.com/mailmagazine.html
テーマは「恋愛」です。
―――――
『美由紀のこと』 齊藤想
八十年も美由紀と寄り添うことができて幸せだった。英樹は心からそう思った。
美由紀は会社の同期だった。勤務先は証券会社。職場のアイドルだった美由紀と同じチームとなり、なぜか口の重い英樹のことを好いてくれて、美由紀がリードするような形で交際するようになった。同棲も始めた。
任された仕事は経験不足もあり散々で、英樹はチームの足を引っ張った。特に美由紀には迷惑をかけた。
それでも、美由紀と一緒に仕事ができるだけで幸せだった。
終わりは突然だった。
「もう、貴方とは一緒にいられない」
プロジェクトが暗礁に乗り上げたとき、美由紀から別れを切り出された。
美由紀の言いたいことは分かる。このままでは二人ともダメになってしまう。
「私のことは忘れて」
美由紀はそう言い残すと、あっさりと部屋を出て行った。
一人になった英樹は発奮した。法律の勉強をして、会計士の資格も取った。英語もマスターした。
だが、それだけでは社内の評価は変わらない。一度失敗した人間に、会社は簡単にはチャンスを与えてくれない。チャンスを与えるべき新入社員は毎年入ってくる。チャンスを逃した中堅社員は、職場の隅にどんどん追いやられる。
英樹と別れた美由紀には浮いた話もなく、ひたすら仕事に邁進していた。いつしか、美由紀とは会社ですれ違っても会釈するだけの遠い存在となっていた。
三十路が見えてきたころ、英樹に二度目のチャンスが訪れた。最初に任された仕事の十倍もの大きな仕事だった。
そのプロジェクトの初会合で、リーダーを見て驚いた。美由紀だった。美由紀が英樹のことを呼び寄せたのだ。
「勘違いしないで」
美由紀はそう冷たく言い放ったが、余計に英樹の心は燃えた。
英樹も大人になり、自分のことではなく、チームのために働く分別を持つようになっていた。チームが成功することこそ、美由紀のためになる。そう信じて仕事に邁進した。
海外のビジネスパートナーが契約書に調印したとき、このプロジェクトは終了した。大成功だった。
英樹は満足だった。パーティーでも中心にいるのは美由紀であり、その美由紀の直属の上司だった。会社からは評価されなくても、美由紀がその上司と仲良く腕を組んでいるのを見続けることになっても、英樹はそれで良いのだと心から満足していた。
パーティーのあとで、美由紀はチームのひとりひとりの感謝の言葉を述べた。
美由紀は英樹に対しても、簡単な言葉をかけてくれた。
「協力してくれて、ありがとう」
美由紀の手は暖かかった。それだけなのに、英樹は感激した。これが恋の喜びなのだと、英樹は初めて知ることができた。
英樹は美由紀への猛プッシュを始めた。迷惑がっていた美由紀も、根負けして、ついに復縁した。最初の交際より濃密な日々を過ごし、自然な形で英樹は美由紀と結婚した。
結婚した後は、会社と英樹が止めるのにも関わらず退職し、生まれた二人の子供を大切に育ててくれた。
二人が無事に巣だってからは二人だけの生活が始まる。美由紀はいつも元気で、現役時代の激務がたたり、体にガタがきた英樹のことを支えてくれた。リハビリを兼ねた日々の散歩も、昔話をしながら、いつまでも寄り添ってくれた。
そして、いまわの際になっても、病院のベッドの横で、暖かな笑みを浮かべてくれる。本当にありがとう。言葉では言い尽くせないほど感謝している。
英樹は、美由紀に「幸せだったかい?」と聞きたかったが、聞くだけヤボな気がした。
「これで良かったのでしょか」
研修医は、VRを装着したまま恍惚の表情を浮かべている老人を見て、呆れた様子でつぶやいた。
仕方がないんだよ、と医者は研修医に語り掛ける。
「いまや少子化は極限まで進み、死を目前にして見守る家族もいない。人間とは、家族に看取られるだけで死への恐怖を軽減できるものなのだ。我々の仕事とは、人間を無事にあの世に送り届けることなのだから」
「偽りの人生で幸せになれるなんて、人間とは羨ましい生き物ですなあ」
老人の息が切れた。
物体戻った最後の人類を、金属の腕は事務的に焼却所へと運んで行った。
―――――
この作品を題材として、創作に役立つミニ知識をメルマガで公開しています。
無料ですので、ぜひとも登録を!
【サイトーマガジン】
https://www.arasuji.com/mailmagazine.html
Welche nötige Wörter... Toll, die ausgezeichnete Idee <a href=https://westio.site/>Show more!</a>
by Robertzes (2022-05-05 10:12)