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【書評】早坂隆『指揮官の決断~満州とアッツの将軍 樋口季一郎~』 [書評]

ナチスに追われたユダヤ人を満州に逃し、終戦直後に占守島に攻撃してきたソ連軍に反撃命令を下した指揮官の話です。


満州とアッツの将軍 樋口季一郎 指揮官の決断 (文春新書)

満州とアッツの将軍 樋口季一郎 指揮官の決断 (文春新書)

  • 作者: 早坂 隆
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/06/18
  • メディア: 新書



樋口季一郎は淡路島で誕生しました。
家業の傾きとともに陸軍に入り、陸軍大学校卒業後はロシア通としてインテリジェンスの世界に入ります。
海外経験も多く、当時のインテリが辿った道を思い起こします。
ハルピン特務機関長在任時代にオトポール事件が発生します。
これはナチスから逃れてきたユダヤ人たちが満州国境の町、オトポールで足止めされていた事件です。
ドイツとの軋轢を恐れた満州国外交部が入国をしぶっているところ、樋口季一郎が満州国外交部に働きかけ、満鉄総裁の松岡洋右とも協議して特別列車を運行させて、多くのユダヤ人を救いました。
この行動は親ドイツを深める陸軍内で問題となりましたが、参謀総長だった東條英樹に道理を説いて黙認させたため、懲罰を科されることはありませんでした。
戦後、悪く言われる東條英樹ですが、道理を説けば人情を通す一面があったようです。
樋口季一郎が東條英樹を評して、「善悪でいえば善、賢愚でいえば愚」というのは、当人をよく知るひとだけに、肉感のある言葉だと思います。
その後、北部軍司令官としてキスカ島は撤兵に成功したもののアッツ島を見殺しにせざるを得なくなり、苦しい日々を送ったようです。
戦直後に占守島に攻撃してきたソ連軍に反撃命令を下します。このときの日本軍の奮闘のおかげで、日本はソ連軍に分割占領されることを免れました。
有名な将軍ではありませんが、その功績は大きいと思います。

歴史に埋もれがちな樋口季一郎の生涯を知りたいひとのために!
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