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【掌編】齊藤想『修羅の国』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第49回)に応募した作品です。
テーマは「修羅場」でした。

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『修羅の国』 齊藤想

 国堺の長いトンネルを抜けると、修羅場であった。夜の底が白くなった。信号所には猛獣が溢れ、汽車から降りてくる戦士たちを待ち構えていた。
 向側の座席に座っていた相棒が立ち上がり、島村の前の強化ガラスをあげた。猛獣の唸り声が夜の闇に響く。
 この国の猛獣は夜行性らしい。雪の大地が夜のとばりに包まれても、活動をやめる気配がない。鳴りやまない唸り声と獣の匂いが、ここが修羅場であることを思い出させる。
「ヤツらまでの距離はどの程度だろうか」
 葉子が薄ら笑いを浮かべる。
「そんなこともわからぬとは、島村も耄碌したものだ」
 葉子の声は悲しいほど美しかった。その氷のような声に誘われたかのように、猛獣どもの唸り声が一気に高まる。
「近いわね」
 葉子は背中に抱えていたマスケット銃を構えた。視線と銃身と腕が一直線になる。
「キマイラまで残り五秒」
 葉子は猛獣までの間隔を、距離ではなく時間で測る。少し間があって銃声が聞こえる。屠場のような悲鳴と、何かが押しつぶされたような音がした。葉子は素早く次の弾丸を込める。
「ゲーリュオーンまで三秒」
 言い終わるや否や、再び銃身が火を噴く。
「足元にエキドナ」
 胴体が蛇の美女が乗降口から侵入しようとしている。島村は接近戦用の長刀を振り下ろし、美しき首を切り落とす。
 この調子では、いくら命があっても足りない。いつかは猛獣にやられてしまう。島村は伝声管に怒鳴った。
「何をしている。もっと石炭をくべろ。速度を上げないか!」
伝声管を通じて、車掌の声が返ってくる。
「これが限界です!」
「目的地の温泉まで千三百十二秒」
 島村は「あと二十二分か」と心の中で換算する。
「島村、あいつをなんとかしろ」
 葉子は百もの頭をもつ竜を指さした。ラードーンだ。葉子は近づく敵を銃で撃ち崩しているが、百の首まで手が回りそうにない。
 島村は運転席に移動すると、スコップで燃え盛る石炭を掬って大地に投げつけた。雪から顔を出している枯草に火が付き、雪の表面を這うようにして炎が広がっていく。一瞬、ラードーンがひるんだ。その様子を見て、島村は一転して石炭を炉にくべて汽車の速度を上げる。ラードーンは置き去りになった。
 客席に戻った島村を葉子は出迎えた。
「なかなかやるじゃないか。だが、この先も怪物は待ち換えているから油断するなよ」
「わかっている」
 そう答えながらも、島村は釈然としない思いを抱き続けていた。
「それにしても、なぜ、おれたちはこんな世界に放り込まれたのだ。鄙びた温泉に入りたかっただけなのに」
 猛獣を遠ざけた葉子は美しい声で答える。
「小説とは、進化するものである」
 氷のような声が、銃声でかき消される。マスケット銃は散弾も放つことができる。洋子の一撃で、人知れず接近していたスキュラは粉砕された。
「小説とは低俗な読み物として誕生し、いつしか芸術作品扱いされ、再び低俗なエンターテイメントに回帰しようとしている。小説という定義が揺らぐたびにジャンルは拡散し、混迷の度を増していく」
「それが、なんだというのか」
「小説とは楽しむもの。しかし、その楽しさはひとそれぞれ。だからこそ、面白い」
 そのとき、何かが頭の上を横切った。その何かは壁をけり、葉子に向かって牙をむく。
 島村は長刀を振り下ろす。何かは身体をひねって交す。怪物は音もなく着地した。
双頭の犬が、よだれを垂らしながら二人を睨みつける。
「オルトロスだ」
 葉子が冷静に分析しながら、会話を続ける。
「小説とは何のために書くのか。何のために読まれるのか。この世から無くなったとしても、だれも困らないのに」
 弾を込める余裕のない葉子は、銃をひっくり返すと、台座を振り回した。葉子を守らなくてはらない。島村は決心して葉子の前に出て、長刀を正眼に構えた。
 オルトロスは飢えているようだ。牙の隙間からたれる涎が止まらない。島倉は葉子に言った。
「いくら小説だからといって、このストーリーはない。ゆきすぎではないのか」
「冒頭を読んだかね。ゆきすぎではない」
 葉子は悲しいほど美しい声で答えた。
「これは『雪国』だ」

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