SSブログ

【自作ショートショート】齊藤想『家系図』 [自作ショートショート]

月曜日から1週間ばかり不在になります。
しばらくネット遮断生活です。
ブログの記事は予約投稿済みなので毎日更新されていきますが、あくまで自動ということでよろしくお願いいたします。

1週間不在にするからというわけではありませんが、久しぶりに自作ショートショートをUPします。
といっても、この作品はショートショートではなく掌編ですが。
ちなみに7年前に書いた作品です。

―――


 『家系図』  齊藤 想


 司法書士が広げる家系図を、親戚一同は唖然とした様子で眺めた。
「今回ご依頼いただいた曽祖父名義の田畑の相続ですが、竹之助様は昭和十八年に隠居されて昭和二十三年に亡くなっています」
 ふむ、と父は頷いた。
「祖父の話では戦前は家督相続制度があり、息子……つまり隠居と同時に私の父に全てを継いだので安心だということだったが」
「実は登記簿で確認しますとその田畑は隠居後に取得した財産でして、その場合は家督相続の対象外となるのです。つまり新法の適用を受けることになります。そうなりますと竹之助様は後妻を迎え入れていらっしゃいまして、しかも後妻との間に子供がないものですから相続権の一部が後妻の兄弟へと回ることになるのです」
「で、最終的には」
 父は結論を求めた。
「相続人は四十二名にものぼります」
 父の腰が砕けた音が聞こえたような気がした。
 元はと言えば、それほど難しくない話だった。たまたま曽祖父名義の田圃の脇に国道が通り、続いて大型ショッピングセンターが進出する運びとなった。農業で生活していける時代ではないので、もちろん地元は大賛成だ。借地するにも後のトラブルを恐れる企業側から事前に名義の整理を依頼され、軽い気持で司法書士に依頼したところ、こんなことになってしまったのだ。
「これは……先生のほうで当たっていただけるのでしょか」
 司法書士は首を横に振った。
「財産に関することですので、これは家族間で話し合ってくださるしかないですね。仮の話として相続を一本にまとめるのであれば相続放棄書……通称九〇三条と呼ばれる書類をご用意させていただきます。書式についてご説明いたしましょうか」
「いやいい」
 父はかぶりをふると、家系図を眺め始めた。親戚一同が家系図を取り囲む。自分も親戚の隙間から少し顔を出し、歴史の教科書のようだと思いながら曽祖父から幾重にも引かれた線とその先に書かれた名前を眺める。
「ご近所さんも多いな。しかも中には若い人もいるようだ」
 父がつぶやく。父が後妻系の相続人の名前を読み上げる。水島さつき、水島雄幸、水島愛……。自分の携帯が鳴り、いま家族会議中だからと断りを入れて切る。すかさず父の動きが止まる。
「先ほどの電話は彼女からか。アイちゃんとか言っていたような気がするが」
 大事な話をしている最中なのに、なにを盗み聞きしているのだか。
「そのアイちゃんはメールのai-chanと同一人物か」
「見たのかよ」
 自分は立ち上がった。父は動じない。
「テーブルの上に忘れていくのが悪い。携帯が鳴ったから、親切心で開いただけだ」
「盗み見じゃないか」
「父の親切を無にするのか」
「そんな問題じゃないだろ。それに彼女だったらなんだというんだ」
 父は少し沈黙した。父は相続相関図に書かれた水島愛という名前の上に指を載せた。全て把握されているらしい。
「お前が拝島家を代表して水島家から放棄書をもらってこい。それが嫌ならおれが菓子折りをもって愛ちゃんの元に挨拶にいくぞ」
「そんな脅し文句ありかよ。まだ結婚すると決まっているわけでもないのに」
「そもそも孝之の決断が遅いのが悪い。孝之が愛ちゃんとさっさと結婚していれば良かったのだ。水島家さえ抑えてしまえば、あとはものの数ではなさそうだからなあ」
 無茶苦茶な論理だ。さらに母親と祖母がのらりと間に入ってきた。
「あらいい話じゃない。ぜひとも私たちで水島家にお邪魔しましょうよ」
「両家が結ばれることで家系図が丸くなる。まさに家族円満ですな」
 上手い、と父が頷く。孝之も就職したし、いい機会かもしれんと勝手に話が進んでいく。
 そういえば、両親の結婚のきっかけというのがデート中に母の両親にばったり会ってしまったということらしい。それで挨拶せざる得なくなり、おまけに母の両親が強引なひとでいつのまにかに結婚の約束をさせられたらしい。
 それが偶然なのか、母のたくらみかは分からない。
 けど、それで上手くいっているのだからそれでいいのだろう。ぼくだって彼女のことが好きだし、彼女も同じ気持ちだと思う。
 相続をほったらかして結婚話で勝手に盛り上がる家族を見ながら、ぼくは新しい生活を思い浮かべた。


―――

この作品をどんな背景で書いたのかまったく思い出せません。ただ、ドロドロした相続をリアルで見てきただけに、さわやかな相続問題を書きたかったのかもしれません。
では、なぜこの作品をUPしようと思ったかと聞かれると、それはまあ、たまたまこのファイルをクリックしただけというか(笑)

nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0